07 薬草師ベレタ その1




 タータがタリアの店を辞めた翌日の午前中だった。一人の薬草師がタリアの店を訪ねてきた。


「ごきげんよう。私は薬草師のベレタといいます」


「ごきげんよう。どちらから来られたのですか?」タリアが聞いた。


「私はここから遥か北のモミノウチ出身の薬草師です。行商をしながら旅をしていまして、昨日まではテルネの村に滞在していました。

 ところでタリアさん、私はこのとおり、薬草を売り歩いて生計を立てているもので、この村にも数日滞在させてもらって、商売をさせてもらえればと思うのですが、かまいませんか」


 つまりベレタはこの村の中で露店を開いて商売をしたい旨、タリアに許可を得に来たというわけだ。


「いいわよ。全然かまわないわ」タリアは了承した。


 ベレタは礼を言い、店を出て行った。




「さっきのベレタみたいにね、店を持たずに行商で生計をたてる薬草師もいるのよ。旅をしながら薬草を採って、採った薬草を調合して、村や町で売るの」


 タリアがそう教えてくれた。






 ベレタが店に訪れてから四日後の午後のことだった。タリアの店に、村の祈祷師のウェイドがやってきた。


「やあタリア。実は折り入って相談があって来たんだ」


 ウェイドはこの村にいる唯一の祈祷師だ。タリアの店からほど遠くない所に祈祷所を構えている。


 グレーの長いローブを着て、何やら仰々しい首飾りを首にかけている。年齢は五十歳より前という所だろうか。鼻の下に髭をたくわえていて、頭は剃っていてつるつるだ。優しそうな目をしていて、唇が厚い。


「実は、うちに相談に来た患者なのだが、私の手に負えなくてね。手を貸してほしいんだ。やあ、プッピ。あんたに頼みだ。うちの患者を回してもいいかい?」




 なんでも、祈祷師ウェイドの所にテルネの村から患者がやってきたのだという。テルネの村は、トンビ村からそれほど遠くない隣村だ。人口百人ちょっとの小さな村で、村民はノバラシ河で魚を獲ることを主な生業としている。


「テルネの村から来た患者だ。来たのは村長とその息子二人だが、息子の一人、長男は付き添いだ。村長と、もう一人の息子、次男が患者だ。二人とも同じ症状で、しかも、村には同様の症状の患者がまだ二十人近くいるというのだ」


「二十人!?  で、どんな症状なんだい?」俺はウェイドに聞いた。


「うむ。詳しい症状については、祈祷所に来てもらって、実際に見てもらったほうがいいだろう。

 最初は、二十人も患者がいると聞いて、呪いの類かと思ったのだが、詳しく話を聞いてみると、どうも祈祷師の仕事というより、薬草師に診てもらったほうが良いのではないかと思ったんだ。

 ほとんど私の勘だがね。……どうだろうタリア、プッピを貸してくれないか」


「いいわよ。プッピ、行ってくれる?」タリアが言った。


「ああ、もちろん。行ってくるよ」


 俺はウェイドと一緒に祈祷所に向かった。


 


 ウェイドの祈祷所は、タリアの店から歩いて数分のところにあった。


 祈祷所の中に入るのは初めてだった。


 内部は、教会に似ていた。窓にはステンドグラスがはめ込まれ、奥には祭壇があった。そして祈祷所の中央にはベッドが三台しつらえてある。そのうちの二台に患者が寝ていた。そして、村長の長男という男がその横に立っていた。




「コニル、村の薬草師プッピを連れてきたぞ。腕利きだ。」


 ウェイドがコニルという名の村長の長男に俺を紹介した。俺はコニルと握手を交わし、早速父と弟の病状を聞いた。


「二人とも同じ症状なんだ。数日前から食欲をなくし、体の怠さを訴えている。手足がしびれると言う。馬車を使ってここまでやって来たが、二人とも歩くのも辛いくらいだ。そして、ウェイドから聞いたと思うが、同じ症状の者が村で二十人出ている。」


「二十人とも、数日前からですか」俺は聞いた


「ああ、そうだ。皆ほとんど同じ時からだ。」


 皆同時に……食中毒か?


「村の皆さんで何か同じ物を食べましたか?」


「……いや、皆が皆同じ家に暮らしているわけではないから、違う物を食べているはずだ。少なくとも、思い当たらないよ」


「下痢や嘔吐はありますか」


「ない」


 さっぱり見当がつかなかった。


 まずはベッドに寝ている年老いた方、つまり村長に声をかけた。


「こんにちは。薬草師のプッピといいます。どこが一番お辛いですか」


 村長は、俺の目を見て、何か言いたげにするが、言葉が出てこない様子だった。


「倒れてから、口数も減ってしまって」コニルが言った。


 俺は村長の眼瞼をみた。血色は悪くなく、貧血ではないようだった。眼球は白い。黄染していれば肝臓病を疑うのだが、そうでもないようだ。


 次に口を開けさせ、中を見たが、特に異常はみられなかった。


 腹をみてみる。こちらも特に異常はない。


 手足に触れてみる。それほど冷たくはないし、発熱しているわけでもなさそうだ。手首をおさえて、脈をとってみた。村長の手首からは脈の不整が感じ取れた。もう一人のほうは、脈は規則正しく打っているようだった。

 しかし、足が少しむくんでいるのが気になった。もう一人の患者の足も確かめてみると、やはり足がむくんでいる。


「息苦しさがありますか」俺は寝ている二人に訊ねた。


「はい……息苦しい感じがあります。」


 村長は何か言いたげな表情で見つめるだけだったが、コニルの弟のほうが答えた。


「他に変わったことがありますか?」


「手足の指先の感覚がなくなったように感じます」コニルの弟が言った。


「食欲が無いそうですね?」


「はい。食べる気が起こりません」


「二人とも昨日から水しか口にしていない」コニルが言った。


「村に残っている二十人近くの人達も、同じような症状ということですね?」


「そのとおりだ」コニルが言った。




 さて……。この二人の病気は何だろうか?


 正直、全くわからなかった。二人とも足がむくんでいて、息苦しさがある所をみると、心不全のようにも思える。しかし、二十人もの人間が同時に心不全を起こすなんてことがあるだろうか。


「どうだいプッピ。わかるかい」祈祷師のウェイドが聞いてきた。


「いや、まだ全然わからん」


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