10 薬草師ベレタ その4




 俺は馬車に乗り、西の船着き場に行った。


 船着き場に着いたら、ちょうどダマス行の船が出航してしまった後だった。ベレタは船に乗って行ってしまったのだろうか。




 俺は船着き場の近くの雑貨屋に立ち寄った。


「ひさしぶりです。前に一緒に釣りをしたプッピです」俺は雑貨屋の主人ゲータに声をかけた。


「やあプッピ、久しぶりだな。何か用かい」ゲータは笑顔で言った。


「ちょっと聞くけど、薬草師のベレタという男を見なかったかい?」


「ああ、ベレタという名前かどうかは知らないが、さっき旅の薬草師だという男が客で来たよ。パンとチーズを買っていったぜ。

 といっても、奴は金のかわりにこれを置いて行ったんだけどな」そう言って、ゲータが見せたのは、麻袋に入った薬だった。


「滋養強壮薬だって言ってたな」ゲータが言った。


「ゲータ、残念だけど、その薬はインチキだ。薬になるどころか毒だぜ。悪いこと言わないから、絶対に飲まないように」


「本当か。糞、一杯食わされたなぁ。パンとチーズと交換したんだぜ」


「多分、奴は悪気はないんだ。自分が毒を売り回っていることに気づいてないんだと思う。それより、奴はやっぱり船に乗って行ってしまったのか」


「ああ、その筈だぜ。これからダマスに行くと言ってたからな」


「ああ、間に合わなかった」




 トンビ村でいったいどれだけの人間に薬を配ったのかわからない。その上、これからベレタはダマスの街に行き、そこでもあの薬を売って回る気なのだ。

 犠牲者がさらに増えるだけでなく、ダマスの街で発覚すれば、彼自身も恐らくは捕まって打ち首にされてしまうだろう。




 ……小舟で追いかけたら? 追いつくだろうか。


「なぁゲータ。これから小舟を出して、定期便を追いかけたら追いつくかな?」


「いやプッピ。定期便はああ見えて速いんだ。普通の小舟じゃ無理だろう。それに、万一追いついても、行きは川下りだから良いが、帰りは川登りだ。オールで漕いで帰ってくるにしても大仕事だぜ。……まぁ、魔術師に風を操ってもらえば、なんと言うことはないがね」


 魔術師か。その手があった。


 俺はゲータに小舟の手配を頼んだ。そして、村の西部に住む魔術師のクルプの住所を聞いた。




 クルプの職場は、ゲータの店から五分ほど歩いたところにあった。


 ベアリクの職場とさしてかわらぬたたずまいの小さな家だった。俺は扉をノックして中に入った。そして突然の訪問を詫びた。


「はじめまして。タリアの薬草屋で働いているプッピです。突然お邪魔して申し訳ない。急なお願いがあるんです」


「やあプッピ。はじめましてだな。でも君の噂は聞いているよ」


 クルプは、予想に反して比較的若い男だった。二十代後半という所ではないだろうか。肩まで伸ばした栗色の髪の毛を後ろで束ねている。深緑色のローブを身にまとっている。大きな瞳とすっきりした鼻筋を持つ好青年だ。


「実は、さきほど出たダマスへの定期便を小舟で追いかけたいんだ」


「なるほど。俺に風を操ってほしいというわけだな。よろしい。ちょうど今日は客が来なくて暇だったんだ。付き合うよ」クルプは快諾してくれた。




 俺達は船着き場に向かった。ゲータが小舟を手配して待っていた。俺達は小舟に乗り込んだ。


「ゲータありがとう。ところで、この舟は、帆はどうやって上げたらいいんだい?」俺は聞いた。


「なんだよ。舟の乗り方も知らないのかよ。……そうだと思った。仕方ない、俺も付き合ってやるよ」そう言ってゲータも船に乗り込んでくれた。




 舟を出し、ゲータが小舟に帆を上げた。


 クルプが立ちあがり、杖を胸の前に掲げた。


「それでは、私が良い風を引き寄せよう」


 そう言って、クルプはむにゃむにゃと呪文を唱え始めた。すると、徐々に緩やかな追い風が小舟を包み始め、小舟はゆっくりと下流に向かって動き始めた。




 舟が川の流れに乗り始めると、みるみるうちに風が強まり、舟は追い風に乗って勢いよく進んだ。




 やがて、舟は定期便に追いついた。定期便の側面に回り込み、俺とゲータで「おーい、おーい」と大声で呼びかけた。定期便の乗組員が俺達に気づき、責任者らしき男が船上から俺達に声をかけた。


「何か用かー!」


「船の乗客に大事な用件があるのだ! 悪いが、一度停まってくれないか!」俺は言った。


「バカな事を……!」責任者らしき男は俺達の要求を無視しようとしたが、その時に俺達の舟に魔法使いが乗っていることに気づいた様子だった。


 この世界では、魔法使いは船乗りから敬意を払われており、船乗りは魔法使いに逆らえないのだ。


「わかった。停船するぞ!」


 定期便は、川岸に着けて停泊した。


「おーい、ベレタはいるか?」俺は船に向けて大声で呼んだ。


 しばらくすると、ベレタが顔を出した。


「なんだい一体?」


「ベレタ! いいから降りてこい!」俺は 怒鳴った。


 定期便から降りたベレタに、俺は事情を説明した。


「まさか、俺の薬が毒だなんて……」


「材料は何なんだ? ウラジロの若芽と聞いたが、本当にそれだけかい」


「ああ、ウラジロの若芽だよ。これだ」


 ベレタは背負い袋から薬の原料となった植物を取り出して見せた。それを見て、ゲータが言った。


「ウラジロの若芽だって? ちがうよこれは。ワラビだ。ワラビの若芽だよ。あんた間違えたんだね。確かに似ているからね」


 ゲータから指摘を受けて、ベレタは目を白黒させて驚いていた。


「ワラビだったのか。俺は間違えたんだな……。しかし、ワラビの若芽だとしても、それがどうして、二十人も病気にさせるほどの毒なんだ」


「あんた薬草師のくせに知らないのか。ワラビはな、しっかり灰汁をとらないと毒だぜ。牛や馬がワラビを食って死ぬのを知らないか」


「そうだったのか……」


「この先は二度とこの薬を売らないことだ。知らずにダマスで売り回っていたら、あんた捕まって死刑にされてるところだったぜ。ところでベレタ。トンビ村では何人にこの薬を売ったんだい?」俺はベレタに聞いた。




 ベレタは合わせて二十袋をトンビ村で売った、と言った。しかし、誰に売ったかまでわかったのはそのうちの半数のみだった。仕方ない。後はマケラに報告して、できるだけ被害が最小限になることを祈るのみだ。




 ベレタは何度も詫びを言い、再び定期便に乗り込み、ダマスに向かった。


 俺達は舟の向きを変え、クルプの風寄せの魔法を頼りに一路トンビ村に戻った。




 その日の夜、再びハリヤマにメッセージを送った。


◇『今日はありがとう。助かりました。脚気の患者がいてね』


◆『そうだったんですか。お役に立てて何よりです!』


◇『ところでね、また検索して調べてもらいたいんだけど、“ワラビ 中毒 脚気”で調べてもらえないかな? ワラビを食べて中毒を起こして脚気になる、なんて事あるんだろうか?』


 ハリヤマの返信は十分後に届いた。


◆『タカハシさんわかりましたよ! どうやらワラビは、灰汁をとらずに食べると、体内のビタミンB1を分解する酵素を出すようで、そのために脚気を引き起こすことがある、という事です』


◇『なるほどー! だから患者は野菜も肉も食べていたのに脚気になったんだね。よくわかりました』


◆『こんな事で良ければ、いつでも言ってください。しかしタカハシさんも毎日忙しいですね』


◇『そうだね。貧乏暇なしだよ。とにかく助かったよ。ありがとう。おやすみ!』


◆『おやすみなさい!』




 テルネの村で発症した二十人の患者は、ベレタの薬を飲むのを止め、栄養をしっかり摂らせることで皆快方に向かった。幸いなことに死者は出なかった。


 トンビ村では、マケラが人を使い、ベレタの薬を購入した者を全て調べ上げ、薬はほぼ全量が回収された。マケラの迅速な手配により、トンビ村では脚気の発症患者を出さずに済ますことができた。


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