第3話 池袋で会いましょう
「――こんにちわぁ。ただで旅行に行けるって聞いて、やってきましたぁ」
それから待つこと三十分。どうやら被害者がここにも一名。
おっとりとした柔らかい声で登場したのは、
「また多々良は、騙すような勧誘の仕方してー」
「机上で旅行に連れて行くんだから、あたしは嘘はついてない!」
六実は頭を軽くはたいたが、多々良は悪びれる様子もなく堂々と開き直る。
暴走する多々良と、それをたしなめる六実。バランスの良い仲良しコンビだ。
「わたしぃ、旅行に行けるなんて思ってなかったんでぇ、何も準備してきてないんですけどぉ」
「心配はゴム用! 参加者も集まったところで、さっそく準備するわよ」
そう言って多々良は、教室の机を端に寄せて場所を空け始める。
いつものことなのか、何を言わずとも多々良に合わせて六実もテキパキと動く。若葉と阿左美はなす術なく、黙ってそれを見守ることしかできなかった。
結局、社会科室の窓際には十二脚の椅子。六脚ずつが向かい合わせに、二メートルほどの間隔を空けて二列に並べられた。
「これでよし、と」
(何が『よし』なんだろう……)
満足そうな多々良と、苦笑いの六実。
嫌な予感しかしないけれど、いくら考えても何が始まるのか思いつかなかった若葉は、素直に多々良に尋ねてみることにした。
「これから何が始まるんですか?」
「『机上旅行部』が活動するんだから、旅行に決まってるでしょ。今日は第一回目ってことで、東京まで行くわよ!」
(あー、わかっちゃったかもしれない……)
きっとこれは電車の座席のつもりに違いない、若葉はそう確信した。
ちっとも旅行に連れて行ってもらえない若葉でも、電車ぐらいは乗ったことがある。そう、これは池袋まで行くときに乗る電車の、ロングシートの形状だ。
(この歳で電車ゴッコかー、ちょっと恥ずかしいかも……)
とはいえ、多々良の表情は本気みたい。
ここは先輩を立てておくかと、若葉は並べられた椅子の端に静かに腰掛ける。
するとすぐさま、多々良の怒鳴り声飛んできた。
「ダメダメ! まだこの電車は入線してないわよ!」
そう言って、多々良は時刻表をペラペラとめくり始めた。
そして、目的のページを探し当てると、壁にかかった時計と見比べる。
「到着まであと三分よ。それまで待ちなさい」
(うわ、めんどくさい奴だ、これ……)
どうやら、リアルな時刻に合わせて行動するらしい。
確かに旅行が待ち時間もなくスイスイと行けるはずはないけれど、架空の旅行でそこまでするのかと若葉は少し面倒くさく感じた。
阿左美も同じように感じたのか、多々良に苦言を呈する。
「まだですかぁ。わたしぃ、お掃除当番だったんで疲れちゃってて、早く座りたいんですよぉ」
「もうちょっとよ、待ちなさい。乗り込むときは中の人が降りてからね。それから、ちゃんと一列に並んで」
(ノリノリだわ……。電車だけに)
口に出せないほどの、寒いギャグが浮かんでしまう若葉。
やがて時間になったのか、「ぷしゅー」と多々良がドアの開く音を真似て、それを合図に着席が解禁された。
「車内は静かにね。はしゃぎすぎは他のお客さんに迷惑よ」
(いないでしょ、身内しか……)
引率の保護者のような口ぶりの多々良。しばらく壁の時計を見つめていたものの、やがて嬉しそうな声をあげる。
「さぁ、出発進行よ。新人を含めての『机上旅行部』の初旅行の始まりよ!」
「人数不足で『部』として認められてないじゃない、多々良」
「いいの、いいの、あと一人ぐらいすぐに集まるって。じゃあ、池袋まで向かう車中で、自己紹介といきましょうか。あたしは部長の
部として認められていないのに部長とか、このはしゃぎっぷりは他のお客さんの迷惑にならないのかとか、多々良の自己紹介は突っ込みたいところが満載だ。
そしてこの架空の電車は池袋に向かっていたのかと、初めて知らされる事実。
それでもどうやら『机上旅行』とやらが始まったらしい。
(どうみても机の上じゃないけどね……)
「じゃあ、次は私ね。私は
「ちゃんと副部長って名乗りなさいよ」
「まだ部になってないんだから、部長も副部長もないでしょ」
(ああ、わたしも六実先輩みたいな、しっかりした人になりたいな……)
初めて出会ったさっきも、若葉が感じた六実への憧れ感。
多々良と六実は同い年なのに、しっかり度が全然違う。多々良が子供過ぎるあまり、なおさらに六実を引き立てているのかもしれない。
「あ、次はわたしぃですね。えーっと、
(まさか、本当に旅行に行けるって思ってないわよね? この子)
若葉が不安に感じるほど、お人好しそうに見える阿左美。
おっとりとしたその口調が、なおさらにそう感じさせるのかもしれない。
天然パーマなのか、ボリューミーなフワフワの髪。
ぽっちゃり目の体形に、中一とは思えない大きな胸。若葉に嫉妬の炎がメラメラと燃え上がる。
思わず自分の胸元に目を移した若葉に、多々良から声が掛かった。
「ほら、お次はあんたよ」
「あ、わたしは
「決定事項よ。もう入部届ももらったし」
若葉の自己紹介を遮って、多々良が入部届をピラピラと見せつける。
慌ててポケットを探る若葉だったが、忍ばせていたはずの入部届がなくなっていることに気が付いて、ガックリと肩を落とした。
「いつの間に……」
「そうだ! 今日は新入部員が二人も入ったお祝いに、あたしが太っ腹なところを見せてあげるわ。さぁさぁ、乗り換えよ」
入部届を奪い返そうとする若葉を軽くあしらい、全員を車内から追い出した多々良。そのまま、椅子の配列を並べ替えていく。
二脚ずつの横並びを一セットにして縦に。通路を開けて、もう一列縦に。今度は特急列車にありがちな、クロスシートの並べ方だった。
並べ終えた多々良は、また仕切り始める。
「さぁ乗って乗って、これに乗れば池袋なんてあっという間よ」
「ところで、どこら辺が太っ腹なんですか?」
「普通はこの時間帯の上りには走っていないTJライナー。今日は新入部員歓迎の特別運行よ。そしてこのTJライナーは、なんと料金が410円。それをただで乗せてあげちゃおうってんだから、太っ腹以外のなにものでもないでしょう!」
(いやいや、運賃なんて発生してないじゃない。その上、普段は走ってないのに特別運行って、リアリティまで台無しとか……)
社会科室発のTJライナーは、若葉たちを乗せて池袋へと出発したのだった……。
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