第十一話 遭遇
「なっ」
木々から姿を現した若様は、鬼を見るなり 腰に差している刀の柄を握る。
「化け物っ そいつから離れ…… 」
言い終える前に鬼は 若様との間合いを詰めて 刀の柄頭を掌で押すようにしてを抜刀を防いだ。
鬼はにこりと優しく笑った。敵意がない、ということを示したかったのだろう。
しかし、間合いを一瞬で詰めて 抜刀を防いだ。
それは 若様にぞわりと鳥肌を立たせる恐怖と怒りを与えるのには十分だった。
「おのれ」
鬼を蹴り、身を翻して無理やり間合いを空ける。突然蹴られたことで鬼は尻餅をついた。その好機を見逃さなかった若様は上段から鬼に斬りかかる。
しかし、ぴたりと動きを止めた。
「何、をしている」
きっと わたしが鬼を背にして庇ったことに驚いたのだろう、若様は大きく目を見開いている。
「お願いします。若様 刀を納めください」
斬られそうになったのにわたしの声音は、自分でも不思議なほど落ち着いていた。
「ち、血迷っているのか。そいつは化け物、鬼だぞっ 」
今まで見たこともない動揺を見せて、若様はわたしと鬼を見比べる。
「鬼『さん』はいい鬼です。わたしを助けてくれました。わたしみたいな下人を癒して、屋敷まで帰してくれた いい鬼です。お願いです。斬らないでください」
「鬼に、さん づけなどするな。
先ほどまでの動揺は消え、若様は据わった目でわたしを見る。
しかし負けじと睨む。ここで引き下がるわけにはいかない。
「どうしても鬼さんを斬るというのなら、わたしを、斬ってからにしてください」
途端に、若様の眉間に皺がよって目力がなお強くなった。
「なぜだ。なぜそこまで鬼を庇うんだ。お前はっ」
わたしは今にも震えそうな体を力ませて、できるだけ強く言おうと息を吸う。
「だって、生まれて初めて優しくしてくれたのは、鬼さんでしたから」
吐き出した言葉は案外、小さな声だった。
こんな気持ちは初めてだ。体が震えだすほど、顔が強張るほど死ぬことが怖い。
怖いのに、自分の命を投げ打っても 自分じゃない命を守りたいと思うのは──
若様はわたしをじっと見つめた後に 目を閉じて、 長く、長く息を吐く。
そして刀を鞘に納めた。
「今斬るのはやめる」
「えっ」
若様があっさり引き下がったことに驚いた。てっきり斬りかかるかと思ったのだけれど。
「
「っ…… 」
「鬼。覚えていろよ」
若様は、鋭い殺気を放ちながら言った。
鬼さんは立ち上がると、わたしの両脇に手を差し込んでわたしも立たせてくれた。
見上げると、鬼さんはにこにことした笑顔で若様を見ている。
それがなんだか可笑しかった。
「……帰るぞ」
「えっ」
若様はそう言うが、わたしは帰りたくない。
鬼さんの裾を掴んで、わたしは鬼を見る。
しかし鬼さんは顔を横に振る。帰りなさい、と言っている。
なんとかならないかと 裾を強く引っ張るが、それに対して鬼は困ったように笑うだけだ。
「おいっ離れろ」
苛ついている若様の声音に、自分の体がびくりと震えた。
なおさら
そんな様子を見かねてか、鬼さんは子供をあやすようにわたしの背を二回撫でた。
顔を上げると、鬼は若様見ていて手招きしていた。
すると鬼がなにやら口を動かした。
その動きになんの意図があるのか、わたしと若様はわからない。
鬼は今度はゆっくりと口を動かした。その動きはまるで──
「もしや、言葉を喋っているのか」
若様は半信半疑といった様子だ。
「お、鬼さんは 人の言葉を知ってます。首に傷を負っていて声を出すことはできないみたいなんですが…… 」
「成程。傷があるということは殺すことはできそうだな」
平然とそう言った若様に、わたしは恐怖と共に少しの怒りを覚える。
「で、その口の動きは『今からご飯を食べよう』だと思うが、合っているか。鬼」
言葉が伝わったことが嬉しいのか、鬼はこくこくと嬉しそうに頷く。そして、また口を動かした。
『今夜は三人で焼き魚を食べよう』
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