第十二話 焼き魚
『今夜は三人で焼き魚を食べよう』
そう口を動かした鬼さんは楽しそうに笑みを浮かべた。
『魚を取ってくるから、ここで待ってて』
声のない言葉で伝えられた通り、わたしと若様は焚き火の側で待つことになった。
「おい。もっと近くに寄れ」
この言葉の意味は、何かあったら いつでも二人で逃げられるようにしておきたいから 側に寄れ、ということなのだと思うけれど。
「大丈夫、です」
「主人の言うことが聞けないのか」
「わたしは鬼さんを信じていますから、大丈夫です」
若様の片眉がぴくりを動いたため 小言の一つでも言われるかと思ったが、若様は焚き火に顔を向けてぽつりと言った。
「少し手伝え」
◇
魚を手掴みで取っていた鬼さんが小川から上がってきた。
捕まえたのは三匹のヤマメだ。
焚き火の前に座るわたし達へ歩み寄る。
「鬼さん、この串を使って食べよう」
わたしはできるだけ真っ直ぐの枝を選び、若様は持っていた小刀を使って木皮を削ぎ落としてできた串だ。
「これを刺して、魚の丸焼きなんてどうかな」
それを見た鬼さんは、また顔を綻ばせた。
鬼さんの笑顔は、本当にわたしの胸を温かくしてくれる──
「さっさと食って帰るぞ」
若様のこの物言いも嫌だけど、武家屋敷に帰るのは もっと嫌だ。
なんとしてでも帰らなくていい方法を探さないと。
考えを巡らそうとした時、鬼が魚を差し出したので受け取る。
そして わたしは魚の口から串を刺そうしたが、突然若様に手を掴まれた。
「おいっ お前何してるんだ」
「えっ えーと。串に刺してから焚き火で焼こうと…… 」
「内臓を取り除かなければ食べられんだろうがっ お前 台所に立ったことないのか」
「あ、はい。一度も立ったことがありません。私は下人の下っ端で、嫌われ者ですから。台所には立たせてもらったことがありません」
わたしの答えに若様の表情はなぜか固まったが、すぐ溜め息をして言葉を吐いた。
「俺がやる」
「わ、わかりました」
若様は内臓を取り除いて魚の身を川水で洗い、魚に串を通す。
なんでこんなに手際よく料理ができるんだろう。男、しかも武家の跡取りである身分なのに──
「焼くぞ」と若様が言うと、突然鬼さんが魚を奪いとった。
そして鬼さんは奪いとった魚を見つめると、魚が ぼうっと音を立てて燃える。
「なっ この鬼、火を操るのかっ」
その燃える様子に若様は目を見張っていた。
しばらくして火が消えると、鬼さんはにこやかに笑いながら 美味しそうな匂いを放つ焼き魚を差し出してきた。
「鬼火で焼いたものなど食えるかっ」
「美味しいっ 鬼さんありがとう。この焼きたての魚の身、ふわふわ柔らかくて美味しい」
「く、食うなっ いますぐ吐き出……っ」
慌てる若様の口に、鬼さんは素早い動きで魚を突っ込んだ。
突っ込まれた若様の顔はものすごく歪み、変顔のようになっている様が可笑しかった。
「ふふっ」
つい笑ってしまった。まずい。
「も、申し訳ありませんっ」
土下座をしようとしたが、若様に両肩を持たれて止められた。
若様は怖い顔でわたしを見る。
かなり怒っているのかもしれない……。
わたしは若様が次に一体何をするのか、一挙一動を見逃さぬようにとまっすぐ見る。
「別に構わん」
ぶっきらぼうに言った若様はそっぽを向き、むしゃむしゃと魚を食べ始めた。
「……」
一体なんだったのだろう。あの間は。
やはり、若様は変な人だ。
そんなわたし達の様子を鬼が優しい瞳で見つめていたことに、わたしは気づかなかった。
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