「せっかくの機会だから、手加減なんてしないけれど」

 剣技大会は、当日の第一試合が始まる一刻前まで申し込みが可能で、必要となるのは名と武器の登録のみだ。

 そして、王の言葉が公表されると、参加者は二倍とまでは言わずとも、増加した。

 狙うのが地位かアイリーンかその両方かは、それぞれで異なるだろう。


「一回戦、集団戦にして正解ね、これは」


 どこで声を聞かれるとも判らないので、心のうちだけで呟く。

 女性の参加者もわずかながらあるのだが、彼女たちが優勝した場合、アイリーンはどうなるのだろう。


「お兄様も出場されるのよね。万が一、優勝したらどうするつもりかしら」


 思いつきのように剣技大会で、などとせず、そのために大会を開くべきだったのではないか。

 単にかろんじられているだけかもしれないが、父の考えが読めず、アイリーンはため息をついた。

 実のところ、アイリーンは、侍女の言う「猪男」と結婚させられる心配は、あまりしていなかった。

 三年とも客席で試合を見てきたが、あの男の剣は、ただ力任せに押すだけの単純なものだ。うまく動けばアイリーンでも勝てるだろう。

 三年続きの優勝は、強者が手を抜いていたり、つぶし合って消耗しただけのことだ。


 少し待つと、アイリーンの番が近づいてきた。

 剣技大会は一対一の勝ち抜き戦なのだが、今回は人数が多いために、一回戦のみ五人ずつの集団戦となっている。


「さあ、腕試しといきましょうか」


 密かに剣の教えを受けていたアイリーンは、やはり胸の内で呟いて、気軽に、割り当てられた試合場へと足を向けた。

 途中、既に試合の始まっているところを適当に見ながら行く。勝ち残れたら、彼らと戦うこともあるかもしれない。

 気楽に考えていたアイリーンだが、他の四人を見て、天をあおいだ。


「お兄様」


 この人が強いのか弱いのかは知らないが、もしもアイリーンが勝ち、後で露見した場合、面目をつぶしてしまうことだけは確かだ。


「まあ、せっかくの機会だから、手加減なんてしないけれど」


 細身の剣を片手に試合場に上がると、アイリーンで最後で、自然と、四人の視線が同時に向いた。

 体の要所と目をおおった防具で、まずばれることはないはずだ。長い髪も、ばっさりと切り落とし、侍女に大いに泣かれた。

 しかしこれで、立っているだけなら、剣の師にも判らないはずだ。

 剣を使えば、すぐに判ってしまうのだろうが。


「おい、お前」

「何か」


 一番近くにいた熊のような男に声をかけられ、なるべく低く声を出す。男は、あざけるように視線をよこした。


「そんな細っこい体で大丈夫なのか? 死ぬなよ。死んだら失格だ」


 真剣を使うが、死者が出れば失格の上に懲役がせられる。登録した物以外の武器を使っても失格だ。

 アイリーンは、ただ、軽く肩をすくめた。


「コンラート以外を相手にするのは初めてね。どうなるかしら」


 心中で言った言葉に重なり、開始を告げる声がかかった。

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