おとぎ話の幕引き

来条 恵夢

「五人目の姫ともなると、随分な扱いなのねえ」

「お嬢様、大変です!」


 息を切らし飛び込んできた侍女を、アイリーンは冷静に見遣った。

 一国の王女の側仕えとあって、いささか大げさなところはあるが、よく気のく有能な娘だ。歳はアイリーンと同じだが、おのれとアイリーンの身分の差をなげくでもひがむでもなく、精一杯に仕えてくれる。

 器量も、美人というほどではないが、人をほっとさせるところがあり、アイリーンが男だったら、兄嫁よりもこちらに求婚する。

 だからアイリーンは、彼女に交際を申し込んだ馬番を、密かに見込んでいるのだった。

 しかし、今一番必要となるのは、アイリーンと似た体型という点だ。


「そう、大変なのよね」

「何を呑気のんきなことを。ご存知なんですか、今朝陛下のおっしゃったこと! 明日からの剣技大会で優勝した方に、お嬢様を、っ、とつがせるだなんて言われたんですよ!?」

「まあ。それは知らなかったわ。五人目の姫ともなると、随分な扱いなのねえ」

「驚かれないんですか?」

「驚くというよりも、呆れると言うか、納得したと言うか」


 アイリーンには、兄が一人と姉が四人いる。

 長男にして三子の兄は、遠国の王女を妻にしている。

 一番上の姉とは十ほど離れており、隣国に嫁いで、やはり十年程がっている。

 上から二番目の姉も同様で、三番目の姉は遠国に嫁ぎ、これが昨年のこと。

 四番目の姉は、その一年前に俗世を捨て、神に仕えると決めてしまった。

 そして最後に残るアイリーンの相手は、しばらくすれば決定するということだ。


「ああ、お嬢様。今年もきっと、あの猪男ですよ。どうします、逃げますか?!」


 猪男とは、城内一のごうの者として知られる武人のことだ。

 この頃は、少しばかりはばを利かせすぎている感がある。言われてみれば正に猪男で、思わず吹き出してしまう。


「お嬢様!」

「ちょっと落ち着きなさい、ヒルダ。そりゃあ、あの人がこの三年続きで優勝しているけど、基本的には誰だって参加できるのよ? まだ決まったわけじゃないわ。それに逃げたら、あなたのクリフとはお別れよ? いいの?」

「ど、どうしてっ」

「付き合っているのを知っているかって? だってヒルダったら、とてもわかりやすいのだもの」

「わ、私は、いいんです。その…馬の手配だって、してくれますし…」

「あら、一緒に逃げるのね」


 侍女と話しながらも、アイリーンは、自分の服をあれこれと引っ張り出し、侍女に合わせて見立てていた。

 そのうち、生地のたっぷりとしたものと同色の日除けに決めると、いで、寝台の下に押し込んでいた箱を引っ張り出す。

 ようやく、アイリーンのそんな行動をいぶかしがる余裕のできた侍女が、開いた箱の中身を見て仰天し、絶句して、言葉もなくアイリーンに問いかける。

 にっこりと、アイリーンは微笑み返した。


「私、剣技大会に出場するつもりだったの。ヒルダは、客席で身代わりをよろしくね」


 箱の中には、アイリーンに合わせた防具一式と、一振ひとふりの剣が入っていた。

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