真実に勘付く者

「他人の夢?! はっ!!」

 なんとか復活した男。

 ヨロヨロと立ちあがり銃口を改めて女に向けて鼻で笑い飛ばした。


「脳内の妄想を公共の電波に垂れ流すのが夢?! 夢なら寝て見てろ! いちいち人に晒してんじゃねぇよ!」

 今にも引き金を引いてしまいそうな勢いで喚く男に、女はホッとした表情を向けると、気を取り直して左右非対称な歪んだ笑みをこぼす。

「ヤなら見なきゃいいのよ。

 読まなきゃいいのよ。

 なんでワザワザ嫌いな物読んで文句垂れるの? なんでワザワザその世界を壊そうとするの?

 自分とは別次元の話だって思って、そっと立ち去りなさい」

 ドヤ顔でそう告げる女の顔は酷く醜い。他人をさげすむよりまず自分を省みてはどうか。

「うるさい」

 創造主作者に文句言うとはいい度胸である。


「でも……」

 そこでやっと、ピンク髪の女子高生も復活して口を挟んできた。

「それは、貴女も同じじゃないですか?」


 その言葉に、女はピクリと片眉を上げた。


「え? どういう事?」

 助けた筈の少女に突っ込まれ、女は少しだけ怯む。

 スカートをパンパンとハタいて汚れを軽く落とした女子高生は、男と女を見比べつつ、口元に軽く握った拳をあてがい、小首を傾げた。

「貴女も『気に入らない世界ストーリーを壊す』って意味では、同じ事をしてませんか?

『異世界転生を狩る者を狩る』って、そういう事じゃないですか?」

「それはっ……」

 図星を突かれ、女は言葉に詰まる。

「そういわれればそうよね……ちょっと創造主作者、このストーリー、どんなオチが待ってたワケ?」

 え?

 考えてないよ。

「は?」

 書き進めたら、そのうち思いつくかなぁって。

「はぁッ?!」

 ま、思いつかないんだけどね。

「当たり前でしょ! アンタにそんな才能ないのよ! 馬ッ鹿じゃないの?!」

 む。才能なきゃ書いちゃいけないのかよ。

「書いちゃいけないんじゃなくて、才能ないんだから事前に熟考してから書き出せって事よ!

 じゃないと途中で詰まって投げ出すか、ヤマもオチのない話をダラダラ続けるだけになっちゃうでしょ?!」

 それの何処が悪いのさ。

「悪くはない……けどっ! そこで生まれたキャラはどうなるの?! アンタにキャラへの愛着はないワケ?!」

 ないよ?

「ないの?!」

 ないから、お前にだって他の登場人物にだって名前つけてないじゃん。

「っ……」


 女は息を飲む。

 そう、先程からずっと、自分の事は『女』としか表現されていない。

 それに改めて気づいたのだ。

 鈍感だ。鈍感過ぎる。世知辛い世の中を渡っていくには、むしろその鈍感さが幸せになる唯一の資質かもしれないが致命的に鈍感すぎる。

「……ちょっと、言い過ぎじゃない?」

 事実だから仕方ない。

「……じゃあ、もしかして、アンタがこのストーリーを書いたのって、何か崇高な目的や伝えたい事があったんじゃなく……」

 登場人物に『◯ンター×ハンター』って叫ばせたかっただけ。

 お前がさっきから名乗りをあげる事に固執してんのは、その設定があるから。

 微妙に言わせないのも演出だ。



 その事実を知った時、女は膝から崩れ落ちて床に四つん這いになる。


 自分が選ばれし救世主とでも思っていたのだろうか愚かな。


 女はただの女だ。


 筆舌しがたい絶世の美貌もなければ、世界を更地に出来るほどの力もないし、九尾の狐も体内に封印されてたりはしない。


 ただの創造主作家の傀儡である。



「……分かったわよ」

 女が俯いたまま、ユラリと立ち上がる。

 三日間貫徹したかのような虚ろな孔のような目で天を仰いだ。

「途中で詰まろうが完結せず投げ出されようが! 私は私の設定のまま生ききってやるわよ!!」

 開き直って半ばヤケクソにそう吠えた女は、先程から銃を構えたまま呆然としている男を、ビシリと指差す。

「アンタをこの『悪役令嬢に転生した女の子の話』から追い出す!

 私は全力で自分の事は棚の上にぶん投げるわ!

 何故なら、それが私の役割だからっ!」

 お。

 いいねぇ。

 お前の事、ちょっと好きになってきた。

「ありがとよ!」

 そうだな。

 じゃあ、お前に名前をあげるよ。

「……っえ?」

 ええとね。好きな作品を参考にして、暗殺一家に生まれついた男の子、キル──

「言わせねぇよッ?!」

 女はそう吠え、右腕を引いて腰元へ引き寄せる。

 その次の瞬間、彼女の右の掌には太陽を圧縮したかのような、猛烈な光と熱が現れた。

「作品ごと大手出版社に消される前にやる事やって逃げたるわ!!」


 女は、草野球愛好サラリーマンも真っ青の投球フォームで、掌に生まれた凶悪なエネルギーを男に投げつけた。

 しかも、まさかのアンダースロー。


 女のその挙動を全く予想していなかった男は、悲鳴をあげる事も出来ずに光と熱を浴びる。

 光に飲み込まれた影がジュっという音を立てて消し飛び、光もまた、中心部に一気に収縮してバチュンという音を立てて消えた。


 その場に残されたのは、両手で口を覆って真っ青な顔をするピンク髪女子高生と、肩で息をする女だけ。


「……ほら、やってやったわよ。

 次いきましょ……」

 聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量で、そうポツリと呟いた女。

 彼女の名前はキル──

「やめて。マジで」

 はーい。


 女は、結んでいない長い髪をサラリと後ろへと流し、開け放たれた窓の桟へと足をかけた。

「じゃ、悪役令嬢さん。幸せになってね」

 振り返りもせずそう背中越しに少女に告げると、女は窓から飛び降りて姿を消す。


 少女は

「あ……ありがとう……ございました……?」

 若干疑問符がついた言葉を、もう聞く人がいない虚空へと投げかけた。

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