乙女ゲームの悪役令嬢

『中世ヨーロッパ風』と評される、赤い屋根と煉瓦造りの街並みを眼下にし、城の一番高い塔の屋根の上に女は意味なく佇んでいた。

 なんとかと煙は高い所が好きって事か。


「いちいち余計な一言つけないでくんない?」


 その場に聞いてる者が誰もいない事を良いことに、女は地の文にツッコミを容赦なく入れる。

 面倒くさい女である。

 彼女や妻にしたら、言動の端から端まで揚げ足を取らずにはいられない重箱の隅突きまくる嫌な性癖をこれでもかと披露されるであろう。

「そんな事ないもん。奥さんにしたら甲斐甲斐しく尽くす女になるもん」

 そうして挙げ句の果てには都合のいい女扱いされて、ATMの如く貯金を全部毟り取られてボロボロにされて捨てられる運命にある女である。

「ねぇ、嫌いなの? 私の事嫌いなの?」

 そんな、女の果てない疑問は、透明な青をたたえた空へと吸い込まれて行くのだった。

「ごまかしたわね……」



 ****



「次期国王やら宰相、比類なき魔導師や聖職者、兎に角地位の高いイケメンに囲まれて、八方美人に立ち振る舞って逆ハー築いて楽しいの? 何が楽しいの? 恋愛脳って怖いね」


 世間を斜めに見ているかのような、冷凍庫で長年放置されたせいで冷凍焼けを起こした魚のような濁ってどんよりとした目を、何故か廊下のど真ん中にヘタり込んだピンクの髪の女の子に向けているのは、男。

 ヨレたスーツは社畜の証。クリーニング? 取りに行く暇がないので出しません、基本着るシャツがなくなったらコンビニで買います派の、二十代半ばの疲れたサラリーマンである。

 開け放たれた窓のさんに、絶妙なバランス加減で器用にヤンキー座りし、女の子を見下していた。


「誰……? 何ですかいきなり……」

 ピンクの髪の女の子は、コルセットを基調とした重力ガン無理のヒラフワな変形制服に身を包み、口元を震わせながら男を見上げていた。


「あー。逐一説明しないと分かんない?

 アンタ、『乙女ゲームの悪役令嬢』に転生した転生者でしょ? んで、破滅フラグをへし折る為に奮闘してる、と。

 その努力、見てると吐き気すんだよね。

 何? やっぱ男は地位がないとダメなの? イケメン以外は存在許さない感じ?

 正直で真っ直ぐな性質を晒せば、影の努力をみんなが認めてくれて、本人知らぬ所で逆ハーってか?

 バッカじゃねぇの?」

 男は、ネクタイの結び目を緩めながら、気だるそうに、それでもスルスルと淀みなく文句を垂れ流す。

「そんなクソつまんねぇ世界、俺が壊してやるよ」


 男が、言葉が終わるのとほぼ同時に、女の額に懐から取り出した銃を突きつける。

 引き金にかけられた指。

 男は、何のためらいもなく、その指に力を入れ──


「乙女の夢を否定する愚か者はお前かゴラァァァ!」

 男の背中に、履き潰す寸前の汚れたスニーカーでのキックが炸裂した。


 予想外の攻撃を背中に受け、窓のさんから転げ落ちる男。

 着地に失敗して、男と一緒にベシャリと床にヒキガエルよろしく落下する女。

「なっ……何?! 今度は!」

 ピンク髪の女子高生は、身を縮めてその二人の落下事故を避けた。


 スーツの男は、受け身こそ取れなかったものの、床を転げて二人の女から距離を取ってから立ち上がる。

「誰だお前!」

 手にした銃を、床からユラリと立ち上がった女に向けた。


 銃口を向けられているとは思えぬ場違いな笑みを浮かべた女は、しこたま打ち付けて更に低くなった鼻を一度すすると、男の言葉に啖呵を切った。

「私はアンタみたいな、異世界転生者の夢をブチ壊すヤツ──ハンターを、更に狩る者! 別名ハ──」

「夢?! こんなバカげた見るに値しないものが夢?! ハッ!! これだから現実を見ない女は嫌いなんだよ!」

「被せんな! セリフ被せんな!! 一番のポイントよ! この名乗り重要なので!! 遮らないでいただけます?!

 私は異世界転生を狩る者を狩る者! 人呼んでハ──」

「現実見てないのは男でしょ?! ハーレムものに出てくる女なんて、喋るダッチワイフでしょうが! あんな女たち存在するか!」

 男の物言いが癇に障ったのか、いつの間にか立ち上がったピンク髪の女子高生が、名乗りを上げようとする女の横から顔を出し、男に食ってかかる。

「あの、だから、被せないでもらえます? あれかな。前口上が長いのかな? じゃあ短めに。私はハ──」

「この世界の男達だって存在しねぇよ! 頭髪以外の体毛がないとかなんなんだよ! 永久脱毛がデフォルトか?! 女みたいな顔して、女と付き合ったこともないのにスマートにエスコートできるとか、何なんだよ! 遺伝子にでも組み込まれてんのかよ!」

「あの……もしもし? 私の存在、気づいてます? 見えてます? もしかして、私今空気? 幽霊? 聞こえてないのかな? 私はハ──」

「アンタ達の好む世界の女の子たちだって何なの?! 常に発情期なの?! 仲良くお手手繋いで誰が一番愛されてるか競争しましょう、なんてバカなの?! 死ぬの?! そんな普段は聖女ベッドの上では娼婦、なんて気持ち悪い女ばっかなワケないでしょうが! そんなに願望叶えて欲しけりゃママの乳にでも吸い付いてなさいよ!」

「……これは、アレだね。作者の恣意しい的なヤツね。私に著作権ギリギリの発言させない気ね? そっちがその気ならいいわよ!」


 口喧嘩のようなものを始めてしまったサラリーマンとピンク女子高生の間に割って入り、女はそれぞれの胸元にそっと手をあてがう。

 その瞬間、二人の体は見えない力により後ろへと弾き飛ばされた。

 その隙にと言わんばかりに、女は声を張り上げる。

「私は! ハ◯ター×ハンター!! 他人の夢をブチ壊すヤツらをぶっ潰す為に来た!

 そこの男!! 他人の妄想にとやかく口出しすんじゃないわよ! 女子高生も! 例え悪役でもアンタ令嬢! 主人公が世界観壊しちゃダメ絶対!」

 廊下に転がった男を、アカギレが其処此処にある指でビシリと指差し、返す指を壁に張り付いているピンク女子高生に向けた。


 女子高生を壁に張り付けたのは、この女であるが。


 吹き飛ばされた痛みで呻く二人からの反応を待つ女。

 しかし、二人はバトル系の設定ではない為、なかなか起き上がれずにいた。


 女は、行き場の失った指をフラフラさせて、

「……ごめん、やりすぎた?」


 冷や汗をタラリと流すのであった。

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