狩る者と狩られる者
「え? 何言ってんのこの人……」
黒髪制服少年が、微妙な顔をして自分の目の前に仁王立ちする女を見上げる。
女に特筆すべき外見は特にない。
平均的な日本人の平坦顔に、木曜日頃の疲れたOLレベルの雑な化粧を施し、着古したパーカーと流行遅れのGパンを履いた、土曜日のスーパーに行けばゴロゴロ居そうな女である。
「ちょっとその説明は酷くない?!」
女は、その場にはいない誰かに向かって文句を言った。
「なんだお前……あの発言からすると、お前も転生者だな」
赤毛青年は、鉄板剣を杖にして立ち上がる。憎々しげに女の雑な造形の顔を睨みつけ、改めて剣を担ぎ直した。
「転生者は世界の敵! 俺は、世界の
お前も倒す!」
ビシリと女を指差して宣言するが、女はその低い鼻で笑い飛ばした。
「なんかちょいちょいディスられてるけど……はははは!倒せるもんなら倒してみなさい!
アンタにどんな駄女神の加護だか
さっさとネタバレしちゃうと、つまりは『作者』!
私には筆舌しがたい絶世の美貌も、世界を更地に出来るほどの力もないし、九尾の狐も体内に封印されてたりはしないけど!
この流れそのものを左右する創造主がついてる!
どんだけ『御都合主義かよペッ!!』と唾棄される程の展開だろうと思うがままよ!
さぁ創造主よ! 私に力を!」
──え、やだよ。敵を簡単に倒したらつまんないじゃん。
もっと手に汗握る展開書きたい。
「ふざけんな! そんな筆力もない癖に! さっさとコイツ倒して次行くわよ!」
筆力ないって言うな。例え事実でもハッキリ言われると大人でも傷つくんだぞコラ。お前こそ
「モブって言うな! 主人公だし! 主人公だし!!
お前が、絶世の美少女とか嫌いな歪みに歪んでもはや芸術の域でどうやって自立してんだお前ってぐらいの性根してるのが悪いんでしょ! 悔しければ私を絶世の美少女にして他人の心を鷲掴む話でも書いてみろ三流物書きが!」
それが出来たらしがないサラリーマンなんかしてないわい。
さっさと敵を倒したければ、お前が勝手に動いて話進めてみろや。
「ああ、やってやろうじゃない! やったるからアンタも大人しく地の文紡いでろ!」
はいはい。
──その場にいた人物たちからすると、女はひたすら意味不明な独り言を絶叫する痛くて怖い存在だった。
しかし、女はそんな事を気にするような繊細な神経は持ち合わせてはいない。
「そんな事ないわよ。か弱い乙女よ。打たれ弱いわよ。絶世の美中年に支えられないと生きていけないほど繊細よ」
寝言は寝て言えレベルの
いや、紛う事なき不審者であるため、彼らの反応は正しいが。
「だからそんな事ないってば」
女は、いちいちここには存在しない誰かに突っかかる為話が全く進まない。
もはや、ここに何しに来たのか忘れているのだろう。
恐ろしいまでの鳥頭である。
「……あ、そうだった」
やっと、本来の目的を思い出した女は、水仕事で荒れに荒れまくったササクレだらけの指で、赤毛の青年をヌルリと指差した。
「異世界転生を狩る者──ハンター、そのハンターを狩る私、別名ハンター×ハン……」
女の著作権に引っかかって作品ごと抹消されそうな名乗りはこの際無視し、赤毛青年は鋼鉄の板のような大剣を両手で構え直した。
「言わせてよー」
拒否。
赤毛青年は、異世界転生者をその絶対的な力で捩じ伏せる筈の自分を、更に脅かす存在であるとぬかした女を鋭い目で射抜く。
「……お前……何者だ」
恐れる者などこの世界には存在しない筈──そう思っていた青年の声は、今まさに襲ってきた恐怖によって掠れていた。
「私はアンタを狩る者よ。大人しくしてれば、痛くしないであげるから」
そのカッサカサに割れた唇をペロリと舐めて、女は嗜虐的な笑みを浮かべた気持ち悪い。
これが『私失敗しないので』と決め台詞を言うあの素敵な女優なら様になっていたかもしれないが、こちとら年齢相応に老け込み始めたただの一般人だ残念すぎる。
「いちいち描写や説明に悪意がない?!」
そんな事はない。
女は、気を取り直して赤毛青年に向き直る。
フワリと掌を彼に向けた途端、その中心部には、太陽をかき集めたかの如く、圧縮された猛烈な熱と光が現れた。
「さぁ、大人しく消されなさい」
──そうして、なんやかんな、あーだこーだ、云々カンヌン、あんな事やこんな事をして、女は赤毛青年を倒した。
そして、呆然と腰を抜かして座り込む、黒髪制服少年と青い髪の美少女をその場に残し、崩れたドームの屋根から颯爽と外へと姿を消すのだった。
「最後
明日出張だから資料の準備そろそろしないといけないのだ。
続く。
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