Chapter.12.5

 目を覚ましたとき、オレは知らない部屋にいた。

 オッフェンドという街に連れてこられたのだと知ったのは、しばらくして部屋にやってきたきみから聞いた話で。


「……夜、あの……」


「……ひとりに、して」


 何かを言いかけたきみを遮って、オレはそう告げる。

 ごめん、ごめんなさい、オレは誰かに気にかけてもらえる存在じゃないから。


 ……思い出した過去が浮かんでは消えて、頭の中がごちゃごちゃする。

 眠れなくて、怖くて、ここにいたくなくて……優しいきみの隣にいる資格なんて、きっとなくて。

 短い書き置きだけ残して、オレは窓から飛び降りた。

 二階の高さなんて怖くもない。死ぬわけでもない。……学校の屋上から飛び降りたときですら、運悪く死ねなかったのだから。


「……さよなら、あさ」


 どうかきみは、しあわせに。


 +++


 ふらふらとあてもなく歩く。ここがどこかなんて、とっくにわからなかった。

 目の前で、花が揺れる。

 

 独り、だった。ずっと、ずっとひとりだった。

 たすけて、なんて言う資格もなくて。だって、オレよるは……――


 そっと屈んで、花に触れる。

 そんなオレを嘲笑うかのように風が吹いて、花は散っていってしまった。


「……」


 ああ、世界は、なんて残酷なのだろう。

 ああ、世界は、なんて辛いのだろう。


「まるで、きみみたいだ」


 自嘲気味に笑って、オレは歩き出す。

 ぐらり、と反転する世界。最後に見た空は、どこまでも青くて……――


「みんな、いなくなればいいのに」


 心を覆った絶望に、身を堕とした。


 +++


 ……誰かが近づいてくる気配に、ゆるゆると瞳を開ける。

 ここは深層心理の海の中。意識を失うようにここへ落ちてきたオレよるに、“誰か”が声をかけた。


『……憎いか? 世界が』


「……世界も……自分の存在すべても、憎いよ」


 それは、黒だった。真っ赤な瞳が特徴的な、黒い髪の男だった。


「……でも、もう、どうでもいい。このまま眠りたい。……いなくなりたい」


 呟いて蹲るオレよるに、男はすっと手を差し伸べる。


「……なに」


『お前に力を与えよう。世界を破壊する、【魔王】の力だ』


「……ッ!!」


 ぶっきらぼうに問いかけたオレよるの体に、むりやりなにかを入れる男。

 ……痛みなら慣れていた。受けて当たり前だと思っていた。


(本当は、たすけてほしかった)


 からだを、こころを、真っ黒な感情が支配していく。


「あ……ああ……ッ!!」


『解き放て、お前自身の憎悪を。世界を壊す、“呪い”を……――』


 憎い。憎い。赦せない。赦さない。きらい。きらい。壊したい。しにたい。いきたい。

 たすけて、たすけて、たすけてたすけてたすけてたすけて……――


「……そう思う資格なんて、よるにはないのに」


 ……でも、どうしてだろう。呼びたい名前なんて、たすけてほしい人なんて、いないはずなのに。

 どうして……きみの名を、呼んでしまうのだろう……?


「……たすけて……あさ……」


 真っ逆さまに、真っ暗闇に堕ちていく。

 自分も、世界も、何もかも壊れてしまえばいいと……そう、願って……――



 よるはもう、うごけないよ。




 Chapter.12.5 Fin.

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