【Alba】

Chapter13.喪失~勇者の苦悩~

「――……夜?」


 あれから次の街・オッフェンドへとやって来た僕たちは、宿で一晩を過ごした。

 夜はというと、僕やみんなとの接触を絶って、ずっと部屋に閉じ篭っていた。

 何度か声をかけても、彼は黙ったまま扉を開けてすらくれず。

 そして……一夜明けた、今。


「……夜……どこ……? 夜……夜っ!?」


 夜がいるはずの部屋を訪れた僕に突きつけられたのは……誰もいない、静かな空間。

 整えられたベッドと、人がいた痕跡すらないような部屋。

 ……そして、机の上にぽつんと置かれている手紙を、見つけた。


「……――ッ!!」


 震える手でそれを取った僕の目に飛び込む、夜の文字。

 ……ああ、どうして。


『ごめん、みんな。オレはもう、みんなとはいられない。

 生まれてきちゃいけなかったから。そのことを忘れて生きていたから。

 今まで迷惑かけてごめん。……存在して、ごめん。

 朝……ごめん。ありがとう――』


「朝くん、夜くんの様子は……っ夜くん!?」


 その手紙を読んで呆然としていると、深雪が部屋に入ってきて異変に気付く。

 ……君が確かにいたはずの、無人の部屋。

 夜は――僕たちの元から離れていってしまったのだ。


 +++


「……んだよそれはっ!?」


 レンが大声を上げる。

 僕と深雪はあの後みんなの元へ戻り、夜がいなくなったことを説明して彼が書いた手紙を見せた。

 ……と言ってもそれは日本語で書かれていたから、震える僕に代わって深雪が読み上げたのだが。


「はあ……? 一緒にいられないって……なんでそうなるんだよ?」


「せめて相談くらいしろっての……」


 ソレイユとカイゼルが呆れたように溜め息を吐く。他のみんなも、心配そうな怒ってるような……呆れているような、そんな顔をした。

 それを見て、僕は我慢の限界が来る。

 ――……こいつらは……なんで夜がいなくなったのか、何もわかっちゃいないんだ……。


「……君たちは……何もわかってない」


「朝……?」


 呟いた言葉に、近くにいたリウが首を傾げる。

 ――ああ、どうしてあの時、僕は彼を守ってあげられなかったんだろう?


「夜のこと何も知らないくせに……っいっぱいいっぱい傷つけたくせにっ!! 何でそんな風に言うんだ! 何も知らない、知ろうともしない、わかってないくせに!!

 夜がどれだけ悲しんでるか……苦しんでるか……辛い、のか……っ!! 全部、ぜんぶ知らないくせにっ!! 何でそんな勝手なこと……っ!!」


「朝くん」


 やっぱり世界は、君に優しくないのだろうか。

 そんな僕の叫びを、そっと深雪が止める。


「朝くんは、本当に夜くんのことが大切なんですね」


 そう言って微笑む深雪に、僕は縋りついて、みっともなく泣いた。

 ……一番許せないのは、何よりも君を守りきれなかった僕自身だった。


「う……うあ……っ。わああぁぁぁ……っ!!」


 泣きじゃくる僕の頭をぽんぽん、と撫でてから、深雪はみんなに言った。


「私は朝くんに同意します。なぜ何も知ろうとせずに、そんな心無いお言葉が言えるのですか?」


「……ッお前が言えた事かよ……っ」


 イビアがキッと深雪を睨む。しかし深雪はそれに怯むことなく彼をじっと見据える。


「……そうですね。“殺し屋”である私がこんなこと言えた義理ではありませんね。

 ですが……私は夜くんと朝くんの味方です。

 朝くんが夜くんを想う気持ちを知っているから。……私なんかのために泣いてくれた夜くんが大切だから」


 だから、と深雪はそこで一度区切って、僕を見て微笑んだ。


「夜くんを捜しましょう、朝くん。彼のことですから、きっと今頃どこかで泣いていますよ」


 彼は優しい泣き虫さんですから、と言う歌唄いに頷いて、僕は涙を拭った。


「ぼくもさがす!」


 すると、突然舌っ足らずな声が聞こえた。ルーだ。


「ぼくも、よるおにいちゃんをさがすよ、あさおにいちゃん、みゆきちゃん!」


 【太陽神】は色違いの瞳で、真っ直ぐに僕たちを見つめる。


「……俺も、捜す」


 黒翼が一歩前へ出て、ルーの頭を撫でながら会話に加わる。

 二人の言葉にぽかんとしていると、それを見ていた他のみんなが顔を見合わせた。


「……まあ、よく考えればアイツが一番一般人だったしなあ」


「……確かに人を殺すことをためらっても無理ねえけど……何で単独行動を取るんだか」


「と言いつつ捜しに行く気満々だね、カイゼル。

 朝、深雪。アタシたちも乗ったよ、ソレ!」


 ソレイユが、カイゼルが、桜爛が、僕たちの元へ集まる。はい、と微笑んで、深雪は快くそれを受け入れた。


「……私も行くわ。……謝りたいから……」


「……オレも行く。お前らはどうするんだ? イビア、レン」


 リウがおずおずと僕たちの傍に来る。それを見たアレキも輪に加わりながら、残りの二人に問う。


「……ちっ……あのバカ……どこまで迷惑かける気だ……」


 悪態をつきながら、レンもこちらへ歩いてくる。だけど、その表情は心配そうな、申し訳なさそうな色をしていた。


「心配なら心配だって言えばいいじゃない」


「うっせ」


 リウの苦笑に、レンは赤くなってそっぽを向く。


「……イビア」


 黒翼が、未だ一人で離れた場所にいるイビアに手を差し伸べる。彼はこちらを見て、そして気まずそうに視線を反らした。


「……そりゃ……夜のことは心配だぜ?

 あいつ、多分いい奴だもん。優しくて……危なっかしくて……まだ会ってからそんなに経ってないけどさ。放っておけないっていうか……。けど」


 そこまで言ってから、イビアは深雪とソレイユに頭を下げた。


「……オレ、深雪やソレイユに酷いことをいっぱい言った。わかってても……止めらんなかった。……本当に、ごめん……。

 ……そんなオレでも、いいのかな……?」


「……バーカ」


 はあ、と溜め息を吐いて、ソレイユはからからと笑う。


「気にしてねぇよ、んなもん」


「そうですヨ、イビアさん。……一緒に、行きましょう?」


 深雪も優しい笑顔を浮かべたのを見て、イビアは泣きそうな顔で笑って、黒翼の手を握り返した。


「……さて、あの泣き虫さんを迎えに行きましょうか」


 深雪の言葉に、僕たちは頷く。それぞれの想いを、胸に抱きながら。



 ――ねえ、夜。

 僕は、君と出逢えて良かったよ。

 ねえ、夜……――



 運命は、残酷に走り続ける……。



 Chapter13.Fin.

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