Chapter11.憎悪~イビアとアレキ~

 とりあえず何とかイビアを落ち着かせてから、オレたちはアレキに事情を説明してもらった。

 そうして語られたのは、ひとつの悲劇。


「マリアは……マリア・ジョシュアは、オレの妹で……イビアの恋人だった」


 イビアは元々、ドゥーアの街の出身らしい。

 アレキとは幼なじみで、その妹であるマリアともよく一緒に遊んでいたそうだ。

 そして、次第に二人は惹かれ合い、やがて恋仲になったと言う。


「……だが、そこで事件は起きた」


 ドゥーアの街は昔から治安が良かった。

 自警団、という有志の警備団体のお陰だとされているが、実際は“殺し屋”たちが裏で他の街から流れてきた悪人や罪人を殺していたことも大きいという。

 ……けれど、それが悲劇の引き金となってしまった。


「マリアは……“殺し屋”と悪人の戦闘に巻き込まれて……殺された」


 その日は、いつもは路地裏で“殺し屋”と争うはずの罪人の男が、街の広場まで逃げてきたそうだ。

 そして、たまたまその場にいたマリアはその男に人質に取られ、彼と対峙していた“殺し屋”は、彼女ごと罪人を……――



「……なるほど。だからイビアが『お前らの仲間が殺した』だの何だの言ってたわけか」


 カイゼルがイビアを見て納得したように頷いた。

 ……大切な人を殺された痛みは、簡単には想像できなくて。俯くイビアの姿に、オレは何も言えなかった。


「……だからってオレたちを恨むのは筋違いってやつだろ」


「……っああそうだろうな、そうだろうけど……仕方ないだろう!?

 お前ら“殺し屋”さえいなければ、彼女は死なずに済んだんだからなっ!!」


 ソレイユの溜め息混じりの言葉に反発して、イビアが再び叫ぶ。

 ……なぜだか無性に痛い。頭も、心も。息が……できない。


「夜……大丈夫? 部屋に行こう?」


「よるおにいちゃん、あんまりココにいちゃダメ。あさおにいちゃん、つれてってあげて……」


 朝とルーがオレを気遣ってくれる。

 ……もしかして、ルーが持つ感情がわかるという能力を経由して、イビアの感情がオレに伝わってるとかいうのだろうか。

 だとしたら、オレはなんて面倒な体質なのだろう。


「そうですネ……。貴方が私たちを恨むのは、まあ仕方ありませんネ。

 ですが……失ったモノはもう戻らない。そう、わかっているのでしょう?」


 深雪の真紅の瞳が、イビアを真っ直ぐに捉える。


「けど……っ!!」


「イビア」


 イビアが再び口を開くのを、それまで心配そうに事の成り行きを見守っていた黒翼が遮った。


「……忘れろ、とは……言わない。でも、深雪の言う通りだから……恨んでも、何も成らない」


 そっとイビアの腕を掴んで、黒翼は彼を宥める。


「……お前は、あいつらの味方なのか、姫」


「味方とかそういう問題じゃない。そういう問題じゃ、ないんだ……。

 ……ただ……お前に恨んで欲しくないだけなんだ」


 黒翼はきっと自分の考えを口に出すのが苦手なのだろう。

 それでも一生懸命イビアに訴えて……伝わらなくて、もどかしく思っているのかもしれない。


「……じゃあ、この怒りはどこにぶつければいいんだよ!?」


「……っこの……っわからず屋ッ!!」


 平行線を辿る会話に、とうとう黒翼が声を荒げた。

 無口で無表情そうに見えた彼は、実は喜怒哀楽が激しいのだとオレは今になって知る。


「な……っ!?」


「わからず屋だ、お前はっ!!

 人が死んで……恨んで……それでどう成る!? 怒りで人を殺すのか!? 殺してどう成る!? 死者が生き返るのか!? 違うだろう!?

 何故それがわからない!? 恨んでも何も成らない……死者は、生き返らないんだ……っ!!」


 一気にそう叫びながら、黒翼は涙を流す。痛みを堪えながら、ただ必死にその人を負の連鎖から救おうとしていた。


「ひ、め」


「俺だって……俺だって、家族を殺された。殺した奴を恨んだ。だけど……父様も母様も、生き返らなかった……。

 意味など無いんだ、恨んだって、何にも……!」


 彼はなおも訴える。そんな黒翼の境遇に、その叫びに、他のみんなも思わず唖然としていた。


 ……恨むことが意味のないことで……失ったモノが戻ってこないのなら。

 オレは……どうして、意味のないことを……――


「よるおにいちゃん」


 突然、ルーが下から覗き込んできた。

 心配そうな色をした虹彩異色オッドアイの瞳が、オレを映している。


「大丈夫、夜?」


 朝に手を掴まれて、自分が震えていたことに気付く。


「これ以上ここにいるのはダメね……。朝、行こう」


 リウの言葉に、朝はわかっている、という風に頷く。彼らに手を引かれ、オレは先ほどまで寝かされていた二階の部屋へと戻った。


 +++


「……夜、大丈夫? 落ち着いた?」


 朝が気遣わしげに声をかけてくれた。

 階下ではまだ言い争いが続いているのだろう。時々大声が響いてくる。


「……ん、へーき。落ち着いた」


「……あんまり無茶しちゃダメよ?」


 どうやらルーと一緒にいるとダメなようだ。心配そうなリウに、オレは苦笑いでこくりと頷いた。


「……オレって……何で、こんな……?」


「こんな……って、“なぜルーの力に反応するか”ってこと?」


「うん」


 朝の言葉に、オレは頷く。ルーは『自分を責めすぎるから』と言っていたけれど、実際はどうなのだろうか。


「うーん……私たちはルーじゃないからわからないけど……夜の過去や性格が何か関係してるんじゃないのかしら?」


 リウが頬に手を当てて考える仕草をしながら、そう答えてくれた。


「……かこ……って?」


 オレは……別に、過去に何かあったってわけでもないのだけど。性格だって、比較的ごく普通だと思う。


「……夜、貴方……本当に……何も、覚えてないの?」


「……へ?」


 突然の言葉に、オレはどきりとする。何も、忘れてなどいないはずだ。


 ――……本当に?


「ルーの力に反応して……何か思い出したり、とかは?」


「……え……?」


(――……いやだ……嫌だ、思い出したくない……!!)


「……私も……【予言者】として、断片的にしか知らないけど……夜。貴方は……」


 息が出来ない。これ以上はダメだ、と脳裏で警鐘が鳴り響く。


「い、や……」


(思い出させないで、これまでの『オレ』が壊れてしまうから!!)


「っリウ!!」


 彼女の話に混乱していたオレの頭に、突如大きな声が降り注ぐ。


「……あ、さ……?」


「やめろ……っ。思い出させるな……っ!!」


 大声をあげたのは朝で、気が付けばオレを庇うようにして立っていた。


「……朝……あの、ごめん、なさい……私」


 朝の剣幕に、リウはただ狼狽える。

 妙に重たい雰囲気が漂い始めたその時、突然部屋の扉が開いた。


「……」


「……黒翼……?」


 琥珀色のポニーテールを揺らしながら涙を堪えた瞳で部屋に入ってきたのは、先ほどまでイビアと言い争っていたはずの黒翼だった。


「どうしたんだよ? 大丈夫か……?」


 おいで、と手招きをすると、黒翼は意外にも素直に従ってくれた。


「よ、るー……」


「うお。……よしよし、イビアに苛められたんだな?」


 ベッドに腰掛けるオレに、黒翼は思い切り抱きつく。クールなように見えたこの少年は、実はリウ曰くオレより年下らしい。


「うー……」


 ぐずぐずと泣きじゃくる黒翼が何だか弟みたいで可愛くて、オレはぽんぽんと頭を撫でる。


「下のケンカは終わったの?」


 リウが黒翼に尋ねると、彼は知らない、と呟く。……どうやらイビアを放置してきたらしい。


「全く……“双騎士ナイト”がこれじゃあ……戦うにも戦えないわね」


 ふう、と溜め息を吐いてから、リウはケンカを止めてくると言って部屋を出ていった。


「……“双騎士ナイト”って……何だろうな……?」


 彼女が閉めた扉を見つめながら、オレはずっと疑問に思っていたことを口に出す。召喚されて、契約して、それでどうなるのだろう?


「……戦う時に、お互いの感情……戦意に呼応して戦力が上がるって聞いたけど」


 朝は少し自信なさげに言う。それもそのはず。なぜならオレたちは。


「……そんなこと……あったっけ?」


「……ない、ね」


 二人して、なぜだろう、と首を傾げる。


「……リウが……二人は“特別”だって言ってた、けど……」


 ぼそり、と涙声が聞こえる。黒翼だ。オレの隣にちょこん、と座って、オレたちの会話を黙って聞いていたらしい。

 “同化”はオレたち二人にしか出来ないから、オレと朝は特別なのだ、と説明されたのだそうだ。


「……特別……って、何で?」


 オレの疑問に黒翼は知らない、と首を振り、朝は……――


 ……朝は、悲しげな、苦しげな表情で、笑って、いた。


 ――……ああ、これもまた、オレの“過去”とやらに関係するのだろうか。ぼんやりと思う。


 ―――思い出すな。絶対に―――


 ココロのどこかで、誰かが呪いのように呟いていた……――



 Chapter11.Fin.

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