Chapter10.発覚~絡まり合う悲劇~

 ――どうしてオレは存在してるんだろう?――


『アンタなんて……――』


 ――“誰か”を犠牲にしてまで、オレは存在したくないよ。


『あの子じゃなくてアンタが×××ばよかったのよ! こんな出来の悪い子、』


 誰かの罵声が、冷たい部屋に響く。


『××、ごめんね……××……』


 その謝罪の言葉は、オレへ向けられたものではなく……。


『××……どうしてアンタなの……?』



 どうして、オレが。


 生まれてこなければよかったんだ。存在しなければ……よかったんだ……。


 +++


 ――……ふと目を開くと、木製の天井が見えた。

 背中にふかふかとした感触と温もりを感じることから、どうやらベッドに寝かされているようだ。


「……あれ……? オ、レ……」


 ほんやりと周りを見渡すと、オレが寝ているベッドに頭を乗せて眠る朝を見つけた。

 ……どのくらい寝てたのだろう? 何だか……悲しい夢を見ていたような気がする。


「……夜……?」


「あ。おはよ、朝」


 体を起こしてぼんやりとしていると、眠っていた朝が目を覚ました。ぽかん、とした表情でオレを見る彼に笑いかける。


「……ッ!! 夜っ!!」


「うおっ」


「心配したんだよ!? 大丈夫?」


 すると、突然朝に抱きつかれた。

 本当に心配してくれたらしく、オレは何だか嬉しくなって彼の頭をぽふぽふと叩く。


(そう言えば、最近の彼はよく表情を変えてくれる)


(それも、少し嬉しかった)


「ああ、もう大丈夫だぜ。心配かけて悪かったな。……さんきゅ」


「……もう……無事でよかった……夜……」


「……そういや、ここどこだ? オレ、どのくらい寝てた? だいたいみんなは?」


 安堵した顔を見せた朝にオレもホッとして、ふと気になったことを一気に尋ねてみた。窓の外を見ると、夕暮れが街とその先の海を染めていた。

 いつの間にか、海沿いの街に連れてこられたらしい。


「ここはランカストっていう街の宿屋。……君、丸一日寝てたんだよ?」


「い、一日も!?」


 予想外に長く眠っていたことに驚くと、朝は苦笑いを浮かべながら頷いた。


「で、みんなは……」


 そう彼が言いかけた時、下からドアを荒々しく開けたような大きな音が聞こえた。


「――“雪うさぎ”と“目深”はいるか!!」


 ドスの利いた男の声が、階下から響く。……一体、何事だろうか。


「……朝。見に行こうぜ!」


「……言うと思ったよ……」


 呆れたように、悪魔は溜め息を吐いた。


 +++


 下の階へ行くと、そこにはリウたちが揃っていた。


「あ、夜。起きたのね。大丈夫?」


「ああ。……てか……何だコレ……?」


 リウがオレに気付いて声をかけてくれたけど、オレはそれよりも眼前に広がる光景が気になった。

 オレたちの前で、深雪とソレイユが焦げ茶の髪の男と対峙していたのだ。


「うーん、私たちもよくわからないのよね。二人の知り合いみたいだけど」


 知り合い、というにはどこかピリピリとした空気が彼らを包んでいる。


「……こんな所にいたとはな、“雪うさぎ”、“目深”」


「ふっ。お前よほどヒマなんだな、ジョシュアくん?」


「全くですネ。わざわざこちらまでご苦労様です」


 “ジョシュア”、と呼ばれた男が、どうやら先程の声の主らしい。

 ……一触即発。三人のそんな雰囲気に、オレたちは誰も動けずにいた。

 ……だが、その時。


「お……おい、アレキ!! 落ち着けって!! 深雪とソレイユも!!」


「!? イ……イビア!?」


 三人の間に、イビアが割って入る。驚いたような男の声からして、どうやら彼とイビアは知り合いらしい。


「お前、何で……何でコイツらと一緒にいるんだ!?」


「何でって……仲間、だから……」


「仲間!? コイツらとか!?」


 男が信じられない、と言いたげな顔でイビアを見る。


「……イビア。コイツらは……マリアを殺した奴と同じ……“殺し屋”だ!!」


 男は深雪とソレイユを睨み、そう言い放った。

 その物騒な単語に、オレたちは一斉に身構える。

 こ、殺し屋……って、嘘だろう……!?


「イヤですネー。害虫駆除隊と呼んで下さいヨ。私たち、悪人しか殺してませんヨ?」


 深雪はわらう。あの奇麗な笑みで。……後悔など、ないかのように。


 ――……後から聞いた話だが、“殺し屋”というのはドゥーアの街で暗躍している、悪人を倒す職業らしい。

 暗黙のルールとして、“殺し屋”は本名ではなく通り名を名乗っているそうで、深雪は“雪うさぎ”、ソレイユは帽子を目深に被っていたことから“目深”と呼ばれていたそうだ。


「それでも人殺しには変わりない!

 それに……お前らの抗争に巻き込まれて死んだ一般市民だっているんだ!! マリアだって……!!」


 男が叫び、そんな深雪に銃を向ける。それに反応して、ソレイユも彼に銃を突きつけた。

 イビアは今度は動かなかった。……ただじっと、深雪たちを凝視していた。


「……ころしや……マリアを……殺した……?」


 イビアが呆然と呟く。……『マリア』とは、誰なのだろう?


「……また……つみをかさねるの? みゆきちゃん……」


 泣きそうな顔でルーが俯くのを見て、くらり、と目眩がする。

 なぜ平然としてられるんだ、深雪、ソレイユ……?


 ――……人を、殺して。


「……っ!! 深雪、ソレイユっ!!」


「夜……?」


「夜くん……?」


 思わず放ったオレの大声に、深雪とソレイユ……他の仲間たちも、こちらを向く。


「何で……っ何で“殺し屋”なんて……っ!!」


 頭が、ひどく痛い。オレは……何を、忘れているのだろう。

 二人が不思議そうな顔でオレを見る。


「人を殺して!! 何でそんな平然としてられんだよ!?」


 ――オレは、アイツを殺してしまったから――


「どうして!! どうしてそんな……っ!!」


 ――こわい……。……怖い……っ!!――


「夜」


「よるおにいちゃん」


 不意に名前を呼ばれ、背中と腕に温もりが触れる。朝の手が背中に触れ、ルーが左腕にしがみついていた。


「大丈夫……? 部屋に戻る?」


 朝が声をかけてくれる。オレは首を振って、大丈夫だと告げた。


「おにいちゃん……だいじょうぶだよ。こわくないよ、だいじょうぶ」


 ルーの優しい言葉に、オレはうん、と頷く。近くにいたレンが、黙ってオレを椅子に座らせた。


「夜くん……すみません、私たちのせいで……。大丈夫ですか……?」


 オレを気遣う深雪の声音はとても優しい。人を殺してきたなんて、嘘みたいだ。

 ……嘘であってほしい、とオレは思ってしまった。


「……深雪。……ひとつ、お願いがあるんだ」


「……何ですか?」


 穏やかな笑顔のまま、深雪が首を傾げる。


(きみのその笑顔が、二度と曇らないように)


(……このとき・・・・のオレは、ただ、そう願って)


「……もう……殺さないでくれ……。誰も、殺さないでくれ……っ」


 深雪の服をそっと掴んで、オレは言う。本当は優しいであろうその人の心を、繋ぎ止めるように。


「深雪だけじゃない……ソレイユも」


 そう言うと、ソレイユは銃をおろしてからオレの元へ来て、ぽんぽん、と頭を撫でてくれた。


「……だってさ。どうする、深雪?」


「うーん……そうですネ……。……まあ夜くんのお願いですしネ……。

 ……わかりました、夜くん。……もう、殺しませんヨ」


 深雪のその返答に、オレはほっと溜め息を吐いた。彼らなら大丈夫なのだと、約束を守ってくれると、今は信じたかった。


「……ってわけだ。コイツらはオレらが預かる。改心もしたようだしな」


 レンが深雪たちと男の間に立ち、そう取り成す。しかし男は訝しげな顔でオレたち全員を見回して、首を振った。


「……信用できねぇな」


「だろうな。なんなら一緒に来てもいいぞ?」


 ニヤリとレンが笑う。……これは何かを企んでるな、とは付き合いの浅いオレでも察しがついてしまった。


「……いいだろう。オレはアレキ。アレキルドフ・ジョシュア。

 ドゥーアの街の自警団の一員だ」


「なるほど、それで“殺し屋”二人を追って来たのか」


 アレキ、と名乗った男の自己紹介に、カイゼルが納得したように頷く。彼が生真面目で律儀な性格なのだろう、とは一連の流れで容易に理解出来た。

 オレがそんなことを考えていると、離れた場所でずっと呆然としていたイビアが、オレたちの方へふらふらと歩いて来た。


「……イビア……?」


 黒翼が不安そうにイビアの名を呼ぶが、彼は深緑の瞳に暗い色を湛えて、深雪とソレイユを睨んでいた。


「“殺し屋”……マリアを……殺した……っ!」


「お、おい、待てよ。オレたちはそのマリアって子は殺してない……」


「黙れっ!!」


 ソレイユの声を遮って、イビアは叫ぶ。怖いくらいに、悲しいくらいに、深く深く、痛みを放つように。


「マリアを奪ったのはお前らの仲間だろ!? 返せよ……っ!!

 マリアを、オレの大切な人を……返せぇぇーーッ!!」


 泣き叫ぶイビアの姿に、いつかの誰かの姿が重なる。


 ――……だけど、もう……――



(痛いだけの記憶は、消してしまいたかった)



 Chapter10.Fin.

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