Chapter03.出発~はじめての戦い~

 ――泣いている。……泣いている。

  暗い部屋で。誰もいない部屋の中で。


 “ごめんなさい”


 “……ごめん、なさい”


 ……泣いている、のは、だれ?


 +++


 ――オレが異世界へ来た翌朝、オレたちは修道院の前にいた。

 いよいよ出発かー、と一人ワクワクしているオレの隣で、リウが眠そうに欠伸をしている。……事の中心人物がそんなに緩くて大丈夫なのだろうか……。



「……全員揃ったな。行くぞ」


「おー!」


 レンの言葉を合図に、オレたちは歩き出す。修道院のシスターや子供たちに見送られながら。

 いってきます、と彼らに笑顔で手を振るリウには、特に何の気負いもなさそうだ。


「……? 夜、どうかした?」


「あ、いや……。リウ、大丈夫なのかなって思ってさ」


 じっと見ていたら、こちらの視線に気づいたのかリウが振り向いて首を傾げた。

 それに慌てて話しかければ、彼女はさらにきょとんとした表情になる。


「ほら、オレたち、リウを狙うやつを倒しに行くんだろ?

 だったらリウ、危険な目に合うんじゃないかなって思って……」


「ああ、なるほど」


 しどろもどろに説明をすれば、彼女は納得したとばかりに頷いた。


「大丈夫よ。だって、レンや夜たちが守ってくれるでしょう?

 ……心配してくれてありがとう。夜は優しいのね」


「そ、そんなことないって。……大丈夫なら、いいんだけど」


 花が咲くような笑顔を浮かべた彼女に、オレは思わず顔が赤くなる。

 隣を歩く悪魔の視線が、心なしか冷たい気がする……。


 赤い顔を誤魔化すように辺りをぐるりと見回せば、早朝にもかかわらず、畑仕事をしている女性や、開店準備なのか忙しそうに走り回っている男性たちの姿が見えた。

 それほど広くはない村だけれど、そこに住む人々はとても生き生きとしていて……すこしだけ、羨ましかった。



「……そういや……なあ、レン。目的地はどこだ?」


「……まずは隣の街、ドゥーアに行く」


 隣町、か。確かにゲームとかでも最初は隣町に行くけれど……。


「ここから隣町まではそこそこ遠いわよ。半日くらいかかるからね」


「は、半日……」


 よかった、一日とかじゃなくて。半日でも随分歩くとは思うけれど。

 オレが安心してため息を吐いている間に、どうやら村の外に出たらしい。


「うわ……っ草原!」


 風車に見送られて足を踏み出せば、何だかオーケストラ的なBGMが欲しくなるような大草原が目前に広がっている。

 やっぱり、最初に戦うのはスライムだろうか。


「夜がいた世界には、草原はなかったの?」


 リウが首を傾げながら不思議そうに聞いてきた。


「うーん……ある場所にはあるけど……。オレは現物を見たことないな」


 今まで草原というと、ゲームや漫画、あるいは写真などの二次元でしか見たことがない。

 生まれ育った町から出たことのなかったオレには、こんな大草原は実際に見るのは初めてだ。


「へえ、夜の故郷って変わってるわね」


 いや、至ってふつうなんだけどな……。

 しかしこの世界の常識としては不思議なことなのだろうと思い、オレは笑って誤魔化すことにした。


 +++


 さて、何事も経験が一番、ということで、修業を兼ねてオレはモンスターと戦うことになった。

 それはいいんだけども。


「……何ですかコレは」


 目の前に現れたぷよんぷよんと揺れている魔物はオレよりも大きく、何よりもとても強そうだった。


「スライム族、ギガスライムだ」


 確かに見た目はスライムだしデカいからギガなのも納得できる。

 淡々としたレンの説明に、オレは脳内でそう頷いた。……が、慌てて隣に立っていた彼を見やる。


「あ、あのさ……初心者って普通もう十倍くらい小さいスライムと戦うもんじゃない?」


「あほか。どこにでもそんなちっこいスライムがいるわけないだろう」


 ですよねー! とガックリ項垂れていると、悪魔が肩に手を置いた。


「……夜、これが現実だよ……」


 ……それは慰めのつもりなのだろうか。しかしその可哀想なものを見る目は何だ。

 オレは泣きたくなって、とりあえず空気を読んでくれているのかぷるぷると揺れているギガスライムとやらに斬りかかってみた。


「あっ、ちょ、夜っ!!」


 走り出した瞬間に焦ったような朝の声が聞こえたけど、勢いを抑えきれずにそのまま飛び上がる。

 ……刹那。


 ――ぽふっ。


 ……なんだか可愛らしい音がして、オレは魔物にはね飛ばされた。


「な……!?」


 何とか着地して驚いていると、朝がオレの元へ駆け寄ってきた。


「スライム族は軟体だからね……そりゃそうなるよ……」


 怪我がないことを確認されながら彼にそう言われ、オレは軽くショックを受ける。


「……剣じゃ倒せないフラグですか」


「今のままじゃね」


 朝がそれに苦笑いで相槌を打つと、茶髪の魔術師が紫色のマントを翻しながらオレたちの前に立った。


「オレの魔法で弱らせる。そこを切れ」


「わ……わかった!」


 オレが頷いたのを確認してから、レンは呪文を唱え始めた。


「――“生きとし生ける者に告ぐ,虚空に描きし紅きもん,紡ぎし灯りをいざ示さん……”――」


 彼の足元に魔法陣が現れ、紅く光る。


「――“『ブラスト・フレイム』”!!」


 瞬間、眩い光を伴った炎がギガスライムに直撃した。

 す、すごい……本物の魔法だ……! と感動する間もなく、レンが叫ぶ。


「今だ、夜!!」


「お……おう!!」


 彼の呼び掛けに、オレは反射的に返事をして走り出した。だが、前方にはレンが出した炎がある。


「――“疾風よ,彼の者を包みたまえ……。『クードヴァン』”!!」


 それに内心怯えていると、後ろから強い風が吹いて炎の中に道を作った。

 オレはその道を全力で駆け抜けて、再度飛び上がる。


「うぉりゃああぁぁぁぁっ!!」


 その勢いのまま、炎により少し溶けかかってグロテスクな容姿と化したスライムを、上から下へと真っ二つに切り裂いた。


 +++


「すごいじゃない、三人とも! チームワークはばっちりね!」


 今までどこにいたのか、リウがやってきて拍手する。

 どうやら、先ほどオレの前に風の道を作って助けてくれたのは朝らしい。


「レンと朝のおかげだ。ありがと」


 オレが素直に礼を言うと、レンは照れたのか踵を返して歩き始め、朝は微笑んでくれた。


「でも、最後に倒したのは夜なんだし。夜もカッコよかったよ!」


 リウが笑いながら言い、レンに追いつく為に軽やかに走っていく。


「うわ……『カッコよかった』なんて生まれて初めて言われた……」


 きっとオレの顔はまた真っ赤になってるんだろうな……。

 すると、隣で悪魔が溜め息を吐いた。


「……さすが彼女いない歴イコール年齢……」


「うるさいぞ悪魔」


 なぜそんなことを知っているんだ、と睨めば、彼はふいっと顔を背けた。


「夜ー! 朝ー! 早くー!!」


 聞こえてきた声に視線を向ければ、少し離れた場所でリウが手を振っていた。

 レンも立ち止まってオレたちを待ってくれている。


「行こうぜ、朝」


「……うん」


 オレたちは顔を見合わせて笑い合うと、『仲間』の元へと駆け出した。



 蒼い空と、どこまでも続く緑の草原。その狭間で、オレは笑っていた。



 ……その先の未来も、自分のことも、知らないまま。



(その先の未来が、悲しいものであるとも知らずに)



 Chapter03.Fin.

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