Chapter02.邂逅~予言者と魔術師~
とりあえず立ち話もなんだし、ということで、オレたちはリウとレンが暮らしているという修道院へ来ていた。
孤児院も兼ねているというそこには、小さな子どもたちがたくさんいて、とても賑やかだった。
「……で、オレたちはこれからどうすればいいんだ?」
日の当たるバルコニーで、リウが淹れてくれた甘い紅茶を飲みながら、オレは二人に尋ねた。
テーブルには他に、ケーキやスコーンといった昔漫画で見た貴族のティーパーティーか! と言いたくなるようなお菓子がところ狭しと並べられている。
「んー。とりあえず私たちと一緒に旅に出ないとね」
「……え、リウたちも一緒に!?」
相変わらず笑顔のリウと不機嫌そうなレンを見て、オレは驚いて声をあげた。
「うん。二人だけじゃわからないことだらけだろうし……不安だからね」
何だろう。遠回しにオレたちは頼りないと言われた気がする。
隣の朝を見やれば、無表情のまま紅茶を啜っていた。
まあ……確かにオレは、さっきまで剣も魔法もない世界で過ごしていた、普通の男子高校生なんだけどさ。
「……ってか、とどのつまりオレたちは何をしなきゃいけないんだ?」
うん、我ながら一番肝心なことを聞いたぞ。
どんなことにも必ず目的というものがあるわけだから。
それに答えてくれたのは、難しい顔をしたレンだった。
「この世界とリウを狙う組織……“
「ふむふむ、つまり悪者を……って、えっ!?」
……あれ、今何かさらりと重要なことを言われた? この世界と……『リウを狙う』って……!?
「私、【予言者】だからね。その力を悪用しようとする人って結構いるのよ」
驚いたオレに悲しげに微笑むリウは、オレなんかよりもずっと大人びて見えて。
きっと今まで大変な目にあったんだろうな、と気付かされた。
「……わかった。そのダークなんとか、とか言うのを倒せばいいんだな!?」
女の子を困らせる悪い奴らを倒すのがヒーローの役目だもんな!
そう言いながら椅子をガタン、と鳴らせて勢いよく立ったオレに、隣に座っていた悪魔がぽつりとツッコミを入れる。
「……ていうか君、どうやって戦うのさ……?」
そう言えば、そもそもオレの武器って何!?
+++
今まで割とごく一般的に育ってきた男子高校生に、何か特別な力とかあるわけがない。
ましてやオレは、剣道なんて習ったことすらない。……それなのに。
「これは……ラ●トセイバー……?」
中庭に移動したオレは、リウから武器を渡された。
それは一見するとただの棒なのだが、スイッチを入れると低い稼働音がして光る刃が出てくるという仕組みらしい。
「……夜、剣なんて使えるの?」
ものすごく不安そうに朝がオレを見ている。
……オレから遠く離れた位置にいるのは気のせいだろうか。
「……ごめん。使ったことはないかな……」
「大丈夫大丈夫! 振り回してればその内慣れるよ!」
にっこりと笑うリウも、レンを盾にしてオレから離れている。
なんだその……いかにも危険だから離れました、みたいな距離は……。
……まあ、とりあえず見よう見まねで振ってみよう。
「うりゃあっ!!」
かけ声と共に、オレは両手に握った剣を勢いよく振り降ろしてみた。
刹那。
――ドゴォォッ!!
……ものすごい音がして、地面が抉れた。
砂埃が視界一面を多い、オレは思わず呆然としてしまう。
「んー……もうちょっと力加減が必要ね!」
「…………」
でもバッチリ、大丈夫! とマイペースに笑う少女に、オレは困惑した視線を向けた。呆れたようなレンのため息が、やけに響く。
それにしても、剣の性能なのか、意外と問題はなさそうだ。
「……よし! オレは大丈夫だから、さっさと旅に出ようぜ!」
気を取り直し剣を握りなおして、オレは意気込む。何事も経験だ、と思ったんだけれど。
「うーん……そうしたいのは山々なんだけど……。
もうすぐ日が暮れちゃうから、明日の朝に出発しましょ!」
……それでいいのだろうか。
空を見上げれば、確かに夕日がそこを照らしていた。とても澄み切った夕空だった。
+++
異世界の料理なんて、そうそう食べられる機会はないだろう。とは言え、元いた世界の料理と大差はないのだけれど。
パンにスープ、何かの干し肉。それから色とりどりのサラダ。
質素ではあるけれど、そのどれもがなかなかに美味しい。……何の肉かは、この際置いておくとして。
この修道院のシスターが作ってくれた料理を感動しながら食べていると、不意に正面に座っていたリウが話しかけてきた。
ちなみに朝は隣に座って、黙々とご飯を食べている。……悪魔って人間のご飯を食べるんだな……。
「ね。何で夜はこの世界に来たの?」
ひどく軽いノリで尋ねてきた少女に、オレは首を傾げながら答える。
「うーん……元の世界にいたくなかったからかなぁ」
「どうして?」
彼女の真っ直ぐな橙色の瞳が、オレに突き刺さる。
――それは、今自分のやりたいことが見つからなくて……――
そう言いかけて、オレはやめた。
違う違う、そうじゃなくて。他に理由があった……ような。
大事な……何か、とても大事な……――
『×××なんて……――』
「夜」
深い深い思考の渦に嵌まってしまったオレを引き上げたのは、オレそっくりの悪魔だった。
血のように紅い瞳が、ゆらゆらと揺れている。どうしてだろう?
「……朝……」
「あ、あの……夜、大丈夫? ごめんね……何か聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな……」
彼の名を呟いたオレに、リウが申し訳なさそうに謝罪をしてくれた。
ああ、そんな顔が見たいわけじゃないのに。
「あ、いや……。……別に、大丈夫だよ」
そんな彼女に、ゆるゆると首を振って気にしてないと伝えたけれど。
オレは今、ちゃんと笑えているのかな……。
+++
シスターに貸してもらった部屋は、RPGとかでよく見る宿屋のような部屋だった。
ベッドが二つと机、椅子があるだけのシンプルな部屋だったが、全て木製な辺りロマンを感じる。
「うわあ……ゲームみたいだあ……!」
「夜。電気消すよ」
オレの感動をまたもや砕いたのは、同じ部屋になった朝だ。
聞けば、この村は風力発電らしい。風車の回る音が、部屋に響いている。
「……朝、おやすみ」
「……おやすみ」
何だか楽しくなって彼に挨拶をすれば、意外にも返事が返ってきた。
そういえば、明日は何時出発なんだろうか。まあ、誰かが起こしてくれるだろう。
そんな他力本願なことを考えながら、オレは眠りの底に落ちてゆく。
――大切な“何か”を忘れたことに、気づかぬまま。
(そう、忘れてしまったソレは、ずっと『オレ』を呼んでいた。……まるで、呪詛のように……)
+++
「……レン。夜はやっぱり、記憶をなくしているみたい」
「……そうか」
二人が寝静まったあと、少女と青年は中庭にいた。
少女の【予言者】としての能力で垣間見た未来……そして、それに伴う、異世界から来た少年の『過去』。
あまりにも残酷なそれに、少女はそっと瞳を閉じる。先ほどの彼の哀しげな笑みが、頭から離れない。
「……この先の未来に、彼にとっての救いがあれば良いのだけれど……」
祈るように囁く彼女の頭を、青年がそっと撫でる。
彼らの未来が、始まろうとしていた。
Chapter02.Fin
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