【Night】
Chapter01. 契約~異世界への旅立ち~
変わらない世界。
繰り返す毎日。
つまらない日常。
終わらない明日。
そんな人生に嫌気がさしてたんだ……。
『あの日』までは。
+++
『その日』は、残暑による暑さが引いて、少し肌寒くなってきた九月の末頃だった。
高校二年生であるオレは、そろそろ進路について考えなきゃいけなくて、それでもやりたいことを見つけられずに、ただ平淡な日々を過ごしていた。
『ここではないどこかへ』と思う、いわゆる現実逃避は日に日に強くなっていく。
『その日』も、いつもどおり学校から帰路についていた。
あと少しで家に着く、という瞬間。突如その声は聞こえたのだった。
――ヨル……――
ああ、幻聴が聞こえるなんて、オレはもう末期かもしれない。
――ヨル……――
そう、夜。
――ヨル……――
「あーもう! うるさい……っ!」
結局オレは、その呼び声に耐えきれず振り向いてしまった。
よくある怪談だと、確かこういうのは振り返っちゃいけなかったはず、と後悔したのも束の間。
……そこには、オレと同い年くらいで水色の髪をした少年が宙に浮かんでいるだけだった。
……宙に、浮かんで……!?
「うわぁぁぁぁっ?!」
オレのなんとも情けない悲鳴が、夕暮れに染まる路地裏に響いた。
「なっ……何者だお前!! 何で宙に浮いてんだよっ!?」
内心は酷く混乱しながらも、オレは謎の少年に正体を尋ねる。
「……僕は……《悪魔》」
「……あくま……ってあの悪魔!?
契約者の寿命とって戦うアレですか!?」
「……それは偏見だと思うけど……」
少年が困ったように言う。
……しかし彼は無表情だ。それがさらに怖い。
「……な、何でオレの前に現れたんだ?」
「……君が“異世界”を望んだから……」
恐る恐る問えば、彼は答えを返してくれた。
……“異世界”。確かに望んだけれど……。
「……夜。僕と契約してくれたら、“異世界”へ連れていってあげるよ」
契約……異世界……?
要領の得ないやり取りに、何だか段々と疲れてきた……。というか、異世界ってどこだよ!
「……け、契約って……やっぱり命とか取るんじゃ」
「……そんなことしたら僕に不利じゃない」
じゃあ何するんだよ!?
そう脳内で突っ込むも、パニックから口に出すことは出来ない。
「僕と一緒に戦って」
まるでオレの心を読んだかのような少年の言葉。
無機質な響きの声は、どこか自分に似ているような気もした。
「た……たたかうって? 戦うって、何と?」
まさか“異世界”って、闘技場で勝たなきゃダメとかそんな感じ……?
しかし、全てを見透かすような紅い瞳が、真っ直ぐにオレを射抜く。
「僕たちの世界を狙う敵と」
……ああ、これって普通女の子のセリフじゃないか? 『私の世界を助けてください』的な。ニュアンスとしては間違っていないはずだ。
少しばかり落ち着いてきた思考でそんな不毛なことを悶々と考えていると、少年が首を傾げた。
「……夜、聞いてる?」
「……いや、聞いてますけど……。……まあ、いいや」
「え?」
きょとん、とした顔で少年が聞き返す。
ああ、初めて彼の表情が変わった。
「だからっ! 契約とやらを結んでやるって言ってんだよ!」
我ながら軽い決心だと思う。初対面の自称・悪魔の誘いに乗るなんて、普通に考えて正気の沙汰ではないだろう。
だけど……『この世界じゃないどこかへ』行けるのなら。オレは、差し出された彼の手を取った。
……触れた手は、ひどく冷たかった。
+++
その瞬間、パッと視界が暗くなった。
先ほどの少年はどこにもいない。おろおろと辺りを見回していると、どこからともなく彼の声が聞こえた。
――我、ローズラインの《悪魔》が契約せしは、“Night”の名を持つ者。共に戦うと誓った者……――
すると、不意に彼が目の前に現れ、手を差し伸べる。
「僕に、名前をつけて、夜」
「……は? 名前?」
突拍子もないことを言い出した彼に、今度はオレが首を傾げる。
「そう。僕に名前をつけることで、僕たちの契約は完了する」
……名前って言われても……。オレは彼の顔をじっと見た。
水色で長い髪。前髪は左分け。そして深紅の瞳。……全てが“オレと正反対”だった。
……
オレが『夜』なら……コイツは。
「……“
ネーミングセンスないな、とか、この時のオレは何も思わなかった。
ただ、そいつが……“朝”が笑ってくれたから、ああ、気に入ってくれたんだな、とぼんやり思っただけだった。
ぶわっと風が吹いて、オレは思わず目を閉じてしまう。朝の声が聞こえる。
――行こう、夜。僕たちが生きる世界……異世界“ローズライン”へ……――
……彼の笑顔が悲しげなものであったと知ったのは、随分後になってからだった。
+++
再び目を開けると、オレは草原に立っていた。
どこまでも広がる蒼い空、地平線まで続いている綺麗な草花。……って地平線!?
「……うわ……オレ、地平線なんて初めて見たよ……」
都会に住んでいたらそうそう見れない景色に呆然としていると、隣から少し高めの声が聞こえた。
「ようこそ、夜。僕たちの世界……“ローズライン”へ」
隣を見ると、朝が相変わらずの無表情で立っていた。……つまり、ここは。
「ここ……ホントに異世界……!?」
いくら現代技術が発達してても、都会からこんな大自然に囲まれた場所に一瞬で来るなんて今のところは不可能だ。
つまり、オレは朝の“悪魔の力”的なもので本当に異世界へ!?
「そうだよ。……ここは“ローズライン”大陸の中の村の一つ……“サントリア”」
村。ああ……RPGとかでも始まりは大抵村からだよな、うん。
一人で納得してから、朝を見やる。
「で、オレはこれから何すればいいの?
村長さんに会って冒険に出る? それとも謎の遺跡で不思議な女の子に会うの?」
我ながらマニアックな例えだと自覚はしている。でもRPGならばこうでないと!
「……夜。ゲームのしすぎ」
しかしそんなRPG的展開を、この悪魔はたった一言で砕いてしまった。
てか、なんでお前が知ってんの!?
「僕たちは今から、【予言者】に会わなきゃいけない」
予言者。オレたちのこれからの未来でも見てもらうのだろうか。
首を傾げながらも、早速出発しようとオレは彼を促す。
「じゃあ、さっさと行こうぜ! どこにいるんだ? その予言者は」
「……それは……」
朝が言いかけた瞬間、明るい少女の声が草原に響いた。
「あーっ! いたいた、見つけたぁ!」
笑ってオレたちの方へ駆け寄ってくるその少女は、オレより幼く、金のロングヘアーと白いワンピースを風に靡かせていた。
更にその後ろから、不機嫌そうな顔の茶髪の男性がついてきている。
「もう、探したわよ! こんなところにいたのね」
「……えーと……誰?」
探したってことはオレたちのことを知っているのだろうか。
オレは少女に尋ねた。
「あ、自己紹介がまだだったわね。
私はリウ・リル・ラグナロク。こっちはレンパイア・グロウ。
私のことはリウ、彼のことはレンって呼んでね!」
屈託のない笑顔で、彼女が自己紹介をしてくれた。
「あ……うん、よろしく。オレは夜。
「……まんまかよ」
それに慌ててオレが朝の分まで紹介をすると、レン、と呼ばれた青年がぼそり、とツッコミをいれてきた。
「わ……っ悪かったなネーミングセンスなくてっ!!
大体お前ら何者だよっ!!」
恥ずかしくなって、オレは大声で問い質す。それに答えたのは、リウという少女だった。
「ああ、えっとね。私は【予言者】。
で、レンは私の護衛で、魔術師よ」
……人は見かけにはよらない、とは言うけれど。
オレが思わず微妙な顔をしたのも、まあ、仕方のないことだろう。
(これは『オレ』の記憶のハジマリ。痛みの先にある、未来へと繋がる物語……――)
Chapter01.Fin
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