第7話 答え合わせと告白

 もう辺りはすっかり暗闇で占められ、街灯の明かりだけが心の支えになっていたそんな頃、ぼんやりとした光に照らされ、沙也加が目の前に現れた。


「あぁ。思い出した、というよりやっと何となく分かったかもしれない。でも、一体どうして……どうやったらこんなことが——」

「待って。その前に答え合わせが先」


 そう言うと、右の手のひらを私に向け、静止の合図をした。

 私はまるで「待て」される犬のように、肩をすくめざるを得なかった。


「分かった。まず私は確かに君を殺した。いや、殺したというより元々存在すらしない状況に追い込んだ、違うか?」


 ちかちかする街灯のせいで、はっきりとは見えなかったが、沙也加はどうやらにやりと笑みを浮かべたようだった。


「ふーん、それで?」

「沙也加という名前から推測するに、君は私の娘なんじゃないかと思った、そして母親は京子なんじゃないかと。でも京子にはそんな子どもはいない、すると君は何者なのか。『人殺し』というからには、君をどうにかしてこの世に存在しない状態に追い込んだんじゃないか。しかしどうやって? そのヒントは『息子を身代わりに』ここに隠されている気がする、そこまでは辿り着いた。でもそこからが分からない」


 沙也加は上唇を鼻につけ、細かく首を縦に振った。ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている。


「へえ、よく頑張ったじゃん。惜しいところ行ってる」


 沙也加はその薄ら笑いを浮かべながら背中を向けると、おもむろに闇の中へ歩き出した。私も遅れまいとその歩幅に合わせる。

 やがて、あのブランコの所へ辿り着くと、その回りを囲う柵に腰掛けた。そして、闇に浮かぶ電灯と、雲が走り抜ける夜空を見上げる。白く光った三日月がこちらを見ていた。


「パラレルワールド、って知ってる?」

「パラレルワールド? あぁ、言葉だけなら。SFとかで出てくる、同じ世界が同時進行で進むあれだろ?」

「そう。簡単に言うと、私は別の世界から来たの。私の世界ではパパは田代健二、ママは田代京子。そして私はその二人の間に生まれた娘、田代沙也加。私の世界ではそれが当たり前だし、誰もその事を不思議に思っていない」

「……ママが田代京子、そして君が娘の田代沙也加。俄かに信じがたいが、その『もしもそうだったら』っていう世界の人間なんだな、君は」


 沙也加は真摯な眼差しのまま、頷いた。


「——そうか、まあ分かった。それはいいとして、何でそんな別の世界の人がこうやってこっちの世界で普通に喋ってるんだ?」

「それを言われるとツライんだけど……私の方の世界ではそのパラレルワールドに入り込むことができるの。あまり詳しいこと言っちゃうと色々まずいみたいだから、言えないんだけど。その、時空を操作する機械をね、勝手にいじってたら、間違ってこっちの世界に来ちゃったみたいなの。こっちの世界来てびっくりした、だってパパが別の人と結婚して、しかもちっちゃな男の子までいるんだもん」


 沙也加の腰まで届きそうな黒髪が月の明かりに照らされていた。

 念のため表情を確認した、改めて見てみると愛らしい表情をしている。とても冗談で人を騙そうとしているようには見えなかった。


「なんかね、そんな姿見てたら、寂しくなっちゃって。だってこの世界には私の居場所は無い……これってまるで殺されたのと一緒でしょ? そう思ったら、ついいたずらしたくなっちゃって。ごめんね、びっくりさせて」

「あぁ、おかげでここ数日間、ほとんどちゃんと寝てない」


 皮肉をたっぷり吐いてから、私も格好良く、ひょい、と柵に飛び乗ろうとした。ところが最近増え始めた腹の重みは慣性の法則に従って、そのまま私を後ろに押し倒そうとする。慌ててリカバリーをしようと必死になる私の顔を見てくすっと笑う沙也加。


「私ね、もうすぐ元の世界に戻らなくちゃいけない時間だったんだ。良かった、パパが最後に気付いてくれて。あ、あとここで話したことは誰にも話さないでね、本当はこんな風に話しかけたりするの、禁止なんだ」

「もちろんだ、まあ言ったところで誰も信じてくれやしないよ」


 私は、はははは、と笑い声を上げた。

 自然と沙也加も、素直な笑みを返していた。もう既に沙也加は普通の可愛い少女に戻っていた。


「ほんっとウケる。パパってこっちの世界でもリアクションがマジでおんなじなんだもん」

「当たり前だ、パパはいつでも真面目だからな」


 自分の娘がいたら、こんな会話をしているのかな。初めてなのに自然と違和感は無い。沙也加は柵から飛び降りて、私の正面に立った。


「ねえ、最後に一つだけ良い?」

「なに?」

「どこで気づいた?」


 その無邪気な表情、私は最後に思いっきり今までの仕返しといわんばかりにいやらしい笑顔を浮かべてやった。


「人を騙す時のいじわるそうな顔、京子にそっくりだ」


 えっ、と目を一瞬丸くしてから沙也加は、これ? と言いながらわざと目を細めてみた。


「そう、それ! 間違いない、その顔は京子のDNAを持ってないと絶対に出来ない」


 すぐに沙也加は目尻を垂らし、優しい笑顔に戻った。それから持っていたスマホで時間を確認する。


「じゃあね、人殺しさん」

「あぁ元気でな、そっちのパパや京子にもよろしく」


 そのまま沙也加は薄暗い電信柱の裏に移動すると、一瞬にして消えた。

 少しはSFっぽく光ったりするのかと思ったら、意外とあっけなかった。


 兎にも角にもこうして私の人殺し疑惑事件は終わりを告げた。

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