第5話 狙われた息子

「ただいま、琥太郎は?」

「どうしたの? そんなに血相を変えて」

「いいから、無事か?」


 なりふり構わず家へ駆け込んで来た私を見て、妻ははて、と首を傾げた。


「琥太郎ならいつもの公園に行くってさっき出て行ったわよ」


 まさか——。


 私はカバンを玄関に放り投げると、すぐさま駆け出した。


「ちょっと、どうしたの?」


 そんな妻の声もはるか後ろに聞き流し、私は公園に向かって走っていた。

 まずい、あいつは何を考えているかわからない。だが私に敵意を持っていることは確かだ。琥太郎にもし万が一の事があったら……。


 まんまるころころの琥太郎君。

 私も妻も大嫌いな納豆を、何故か大好き琥太郎君。

 しますの「す」が上手く言えなくて、しまちゅ、となってしまう琥太郎君……言い出したらキリがない。

 あの天使のような笑顔がもし奪われたとしたら——。私はきっと立ち直れない。


 やっとのことで公園に辿り着いた。そして血眼になって琥太郎を探す。

 しかしそこには、目を疑う驚愕の光景が広がっていた。


 見慣れた琥太郎のTシャツの横に、目線を合わせるようにしゃがみこむ、あの女子高生。

 私は全速力で琥太郎に駆け寄り、強引に引っ張り、私の胸に沈めた。 


「おい、琥太郎に何をした」


 琥太郎が思わず私を見上げる。


「ねえ、パパ。これもらっちゃった」


 琥太郎が手に握ったメダルを見せてきた。


「これねぇ、ライダー王のメダル、キラキラしててレアなんだよ」


 私はとりあえず、琥太郎を自分の元へ引き寄せてから、もう一度彼女を見た。

 ちょうど立ち上がり、スカートのしわをぱんぱん、と伸ばしているところだった。そして視線を合わせないまま、あきれるようにこう言い放った。


「ほんっと、いつの時代も、どこの世界も、子どもってこういうの好きよね」

「お前——今度変な真似したら、警察呼ぶぞ」


 スカート、ブラウス、髪、と一通り整えてから、彼女は私を一瞥した。


「へえ、警察ね。自首するの? 自分の人殺しを」

「馬鹿か、もういい加減にしろ。一体誰を殺したっていうんだ、そもそも君は誰だ?」


 彼女の表情から色が消えた。

 まるでIの字のように直立不動となった。

 改めて見ると、長い黒髪、鋭い目尻、白い肌がまるで妖怪のようにも見えた。

 そしてぼそっとこう呟く。


「あなたが殺したのはこの私。名前は田代 沙也加」


 一瞬風が吹いた。

 巻き上がる白い砂埃、なびく黒髪とスカート。

 しばらくの間、二人の間は沈黙で満たされた。

 滑り台の音、子を呼ぶ親の声、シーソーで遊ぶ子どもの笑い声……全てがまるで幻のよう。

 気づくと彼女は音も立てずにその場を去って行った。



 ……一体あいつは何を言っているんだ。



 もちろん私の知り合いに田代沙也加なんて人物はいない。

 しかし、一つだけひっかかることがある。


 私はそれを確かめるために、とある人物に会ってみることにした。

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