第3話 思いあたる節

「へえ、人殺しね」


 次の日、仕事の合間に私は同僚の藤城と休憩室のソファにいた。

 彼は幼馴染みで、思ったことを正直に言える数少ない友人だ。一人で悶々としているのも嫌だったので、思い切って相談してみることにしたのだった。


「ひどいだろ。俺、なんか気持ち悪くなっちゃってさ。昨日全然眠れなかったわ」


 お互いタバコは吸わない。でも何故か昔からよくコーヒーを二人並んで飲む。

 藤城は一口、ミルクのたっぷり入ったコーヒー飲料を口に運んでから、ちらりと私に目をやった。


「お前、まさか……やってないよな?」

「はあ? 何を?」

「何って、そりゃ……」


 私は思わず藤城の横顔をじっと見つめた。


「人殺し」


 ぷっ、と思わず口に含んでいたブラックが飛び散りそうになる。


「お前まで……んなことあるわけないだろ」

「はは、冗談だって。お前がそんなことする勇気がないショボいやつだってことくらい知ってるよ」


 ショボいは余計だ、まったく。

 頼りになるんだが、時々行きすぎた冗談を言われて本気で殴りたくなる。

 藤城はテーブルの上にあったスナック菓子の袋を開けた。


「もちろんお前が人を殺すことなんて無いって分かってる。でもな、こんなのはどうだろう」


 藤城は思いっきり開けたスナック菓子を私に差し出した。

 私が何も考えずその中身を取ろうとすると、さっ、とそれを引っ込めた。

 そして、そのままいそいそと中身を食べ始める


「何だよ。くれるんじゃないのかよ」


 藤城はゆっくり首を横にふりながら、スナック菓子を平らげた。


「つまり、こういうことだ」

「は? 意味がわからん」

「俺は別に悪気はなかった。これでお前が死ぬとも思ってない。でもな、もしこれでお前が飢え死にしたら、俺は人殺しか?」

「……何言ってるんだ? お前」


 私は思わず首をかしげた。


「つまりな、思ってもみないところで人殺しと同じことをやっている可能性はあるだろ?」

「同じこと?」

「そう。例えば、お前がこの前成立させた商談の陰で、涙を飲んだ人が必ずいるはずだ。その人がもし自殺でもしたら……お前を人殺しという人もいるかもしれない」

「そんな……」

「あくまで可能性の話だよ。お前に記憶が無いっていうなら、そこまで広げて考えなきゃいけないだろ、ってことだ」


 弱肉強食。

 生きるためにはそりゃ誰だって、他の何かを犠牲にしなくちゃいけない。

 昼に食べた唐揚げだって、鶏を殺して食べている、これは鶏殺しだが。

 そんなことにいちいち目くじら立てられちゃ、こっちも生きていけない。


 私は結局藤城と話すことで、すっきりしたような、さらに頭の中の雲が濃くなったような何とも言えない気分になっていた。


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