第4話 野球に「流れ」はあるか?

 流れ論を信奉する人達から、しばしば以下のような発言を聞くことがあります。


「野球には流れがある。よって、麻雀にも流れがある」


 これは流れ信者が極めて好む論理展開で、流れ肯定派のプロの著書を読むと、大抵これとよく似たことが書かれています(※)。


 ※例えば荒正義プロは以下のように書かれております。

「静かな海にも、流れがあります。穏やかで一見止まっているかに見える海。その底にはいくつもの海流が、時に緩やかに時に激しく流れています。

 麻雀にもその海流と同じ、流れがあります。甘い打牌やつまらぬ鳴きが生んだ、一局の明暗。

 ファインプレーが生んだ見事なアガリ。これは一局の流れです。

 アガリも放銃も連動します。その因果関係がもたらす勝負の結末。

 これが半荘の流れとなります。

 さらにそこから、打てば打つほど差が開く「運」。その「運」が作り出す勝者と敗者。そのドラマ。これが一日の流れとなるのです。 」

 

 (そりゃ海には流れがあります。そこから「麻雀にも流れがある」に繋げるダイナミックな文章展開。痺れますね)


【閑話休題】


 上記の「野球」の部分を他のスポーツや勝負事に変えて使われる例も多くあります。例えば、片山まさゆき先生の描かれた麻雀漫画『ノーマーク爆牌党』では、登場人物の1人が「全ての勝負事に流れがあるように、麻雀にも流れがある」との発言をしていました。


 しかし、仮に野球や他のスポーツに流れがあったとしても、それが「麻雀に流れがある」ことには直結しません。

 したがって、上記の理屈を持ち出すこと自体が、論理的な思考ではないような気がするのですが、そのことはとりあえず置いておきましょう。今回、述べたいのは麻雀のことではありません。前述の「野球には流れがある」この部分です。



 野球を観戦していると、よく「流れ」の話がでてきます。

 テレビの野球中継で実況者、解説者はしょっちゅう「流れが変わる」だの「流れが悪い」だの「悪い流れを断ち切る」だのといった言葉を使います。ネット掲示板で野球の実況を読んでいても、同様のことを書き込む人は非常に多い。


 どうやら「野球には流れがある」という考えは一般にかなり浸透しており、市民権を得ていると考えていいようです。実は麻雀における流れを信じていない人の中にさえ、野球のようなスポーツには流れがあると信じている人が案外いるのです。


 しかし、本当に野球には流れが存在するのでしょうか。今回は麻雀のことは離れ、野球における流れについて考察してみましょう。


 結論から言うと野球に流れなどありません。


 まずは、よく「このエラーで流れが変わった」と言われる、エラーに焦点を当てて考えてみましょう。一般にエラーを犯した選手及びその選手の所属するチームは流れが悪くなると言われています。しかし本当にそうでしょうか。


 エラーした選手がその後でホームランを打つこともあります。エラーの後でファインプレーを行うこともあります。エラーしたからといって、その後は運が落ちるとか、肉体が劣化するといった物理的な根拠はまったく存在しません。


「俺が言っているのはそういう話ではなくて、エラーすると緊張感で余計にパフォーマンスが悪くなるだろ、あるいは自軍の空気が悪くなったり、相手チームの空気がイケイケになるだろ、それが流れが悪くなるということだ」と反論する人がいるかもしれません。


 確かに「流れ」を選手の心理の揺れのことだとすれば、流れは存在すると言えなくもないですが、それは単に「心理的影響」であって、流れ信者の方が普段、使っている「流れ=運命に影響を与える力」とは別のものです。

 それに「心理的影響」これもかなり怪しい話です。なぜなら、エラーして気落ちする選手もいれば、逆に発奮する選手や集中力が増す選手もいるでしょうから「エラーの結果、心理的に悪影響がある」という結論は導けません。さらには仮に心理的な影響があったとしても、それとどういう結果がでるかは別問題です。気落ちした状態でいいプレーをすることだってあるでしょうし、やる気に満ち溢れていても結果が伴わないことだってあるでしょう。


「エラーした後は点を取られやすい」と感じる人がいるかもしれませんが、エラーした分だけランナーが進むし(及び増える)、エラーしてなければアウトカウントが一つ以上増えていたわけですから、エラーの後で点が取られやすいのは当たり前の話です。ヒットを打たれた後は点を取られやすいのと同じことです。


 では、次にもっとマクロな視点での「流れ」を考察してみましょう。


 例えば現在、三連敗しているチームがあるとします。流れ論からするとこのチームの流れは悪そうです。

 しかし、このチームは次の試合には勝つかもしれませんし、四連敗を喫するかもしれません。「そんなのやってみないとわからない」という、当たり前の結論しかでてきません。

 三連敗したからといって次の日に選手の肉体が劣化する、といった物理的な力は存在しません。連敗による心理的な影響はあるかもしれませんが、それは先ほど述べたとおり、ただのメンタルの問題であって、いわゆる「流れ」ではありません。


 だいたい、流れというものが本当に存在するのなら、負けたチームは次の試合も負ける確率が高くないとおかしいのではないでしょうか。実際には負けたチームが次の試合に勝てるかどうかは、単にそのチームの実力の問題です。例えばソフトバンクや広島は負けた次の日でも勝つ確率のほうが高いでしょう。


 結局のところ、「現在、三連敗中である」という情報はこれから先に起きることには何の影響も与えない情報です。もし、四連敗すれば「悪い流れが続いている」と流れ信者は言うでしょうし、勝てば「流れが変わった」と言うだけでしょう。いずれにせよ、すでに起きてしまった事実を後付で説明しているにすぎません。


 結論。野球には流れなど存在しません。

 当たり前です。エラーしたからとか、ファインプレーしたからとか、連勝したからとか、連敗したからといって、それで選手の肉体が強化されたり、衰弱したりといった物理的な作用が発動するわけがありません。


 結局のところ、スポーツニュースなどに出てくる「このエラーで流れが変わった」等の言葉は、すでに終わったことを後出しジャンケンで説明しているだけです。


 また、よくよく生放送のスポーツ実況を聞いてみると「このファインプレーで流れが変わるか?」といった具合に疑問形で発言しているだけであることに気づきます。そりゃそうです。「このファインプレーで流れが変わる」なんて断言できるわけがないですからね。


 以上、野球に「流れ」は存在しないことについて説明いたしましたが、サッカーやバスケといった別のスポーツでも同じことでしょう。

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