5 マツール島 2日目 ⑥

 全員が、涼香の後をついてゆく。その歩む方角から、男たち3人は、彼女が昨日の現場に行こうとしているのが分かった。涼香も、ナホを襲ったものの影をみただけで、襲われた現場を見たわけではない。

 現場に行けば何か分かるのか?いや、分かるわけもないが、現場を確認し、何か少しでも事件の糸口になるヒントが見つかれば、と涼香は思っていた。


 昨日、彼女が大声を挙げ、へたり込んでしまった場所から、どんどんと森の中へ入ってゆく。足元の沢山の木々が彼女の歩みをさえぎるが、彼女はものともせず、どんどんと奥地へ入ってゆく。そのあとを、鉈を振りながら目の前をさえぎっている枝葉を落として、できるだけ後続の山崎たちがついて来やすいに道を作っているフランソワが続く。


 涼香は、ふと立ち止まった。胸くらいの高さにある一本の枝。それに一本のロープが結ばれている。無人島にロープ。明らかにおかしい。仮に、イノシシの罠を仕掛けた者が作った罠だったにしても、動物にしかける罠にしては、ロープがかけられている位置が高すぎる。

 涼香はロープを自分の方へ引っ張ってみた。

 枝の強度は強く、涼香の力ではなかなか曲がらないが、それでも引いているうちに、だんだんと曲がり、弧を描くようになった。


 ググググッ・・


 枝がしなり、ロープからか、枝からか分からないが音を立てている。

 いよいよ、涼香が耐えられなくなり、手を離す。


 ビュン!!


 枝は、空気と摩擦したように、激しい音をたてて元の位置へと戻った。

 しなった枝が、元の位置にもどった瞬間、


 ビシッ!!


 激しく空気を叩きつける音が響いた。

 なるほど、確かに、この勢いでこの枝が胸に当たれば、人間に傷を負わせ、たたき飛ばすくらいはできそうだ。

 涼香はずっとロープを見つめていた。

 そこへフランソワと、遅れて山崎、高田、鈴木が現れた。考え込んでいる涼香を、フランソワは見つめたが、彼女の顔が険しく、言葉をかけられない。


「見つけた・・。これを使ってナホを襲ったんだわ・・。」


 涼香からフランソワに声をかけ、そのロープを渡した。

「これを思い切り引いてみて・・。」


 フランソワはいわれるがまま、そのロープを引っ張ってみる。


「思い切り。木に弧を描かせるつもりで・・。」


 フランソワは渾身もの力をこめて引っ張った。


 ギギギギギギッ!!


 木は涼香が引っ張ったのとでは比べ物にならないほど勢いよく曲がり、ぐんぐんと弧を描く。木が悲鳴をあげた・・。


「離して!!」


 フランソワはロープから手を離す。


 ビュビュビュ!!!


 弧を描いていた木は、引力から開放され、ものすごくすさまじい音を立てて、元の位置に戻った。それとともに、ビシビシ!!という音を立てて鋭くとまった。その音は木がチョップをくりだして。たたきつけられた空気の悲鳴のようだった。

 曲げられた枝がついている木自体が、枝が強烈な勢いで元に戻ったショックで激しく振動し、木の上から葉っぱが何枚も落ちてきた。


「これなら、素手で木を曲げる力がなくても、ナホを攻撃できる。私でも、あなたでもね・・。」


 ナホはフランソワを見て、そういった。もちろんフランソワはあの時、現場にはいない。自分の悲鳴を聞いて現場に来たのだから、彼が犯人のワケはなかった。しかし、ついつい、疑いのまなざしを彼にむけてしまう。


「行きましょう。やつの隠れ家を探してやる!」


 涼香は更に奥へ足を運んだ。フランソワも仕方なくついてゆく。

 遅れて山崎と高田、鈴木が進んだ。高田は、そのロープと、ロープがくくりつけられた枝をしずしずと眺めた。そうして少しいぶかしんだ。ナホに刻まれたアザの跡はもっと太いものによってつけられたような気がしたからだ。


「行きましょう・・」

 鈴木は高田に声をかけた。はっとわれに返った高田は鈴木に気がつき、歩みだした。


 カツッ!


 そのとき、何か硬いプラスチックか金属のような何かを、山崎は踏んだ気がした。すくなくとも自然界に落ちているような代物ではない。山崎は腰を下ろし、それを拾った。スマートフォンだった。独特なスマホカバーがされていたので、誰のものかすぐに分かった。


「おい!君たち!来てくれ!」


 先を進む涼香とフランソワを、山崎は呼び止めた。


「こんなところに、ユーチューバーのスマホが落ちている・・。」

 全員に落ちていたスマホを見せた。


「なんでこれが彼のものだと?」


 鈴木は山崎に尋ねた。


「このスマホカバーは彼が持っていたスマホのものだ。派手だと思ってみていたんだよ。」


 確かに独特なスマホカバーだったが、いまどきの若者なら特に気にも留めないようなカバーでもあった。そんなところにも注意がいくとは、山崎という男はなかなか侮れない。鈴木は思った。


「どうして、こんなところに彼のスマホが・・」


 涼香は不思議そうに考えた。


「もしかして、彼も襲われたんじゃ・・。」


 山崎の言葉に、その場の全員が震え上がった。

 このすぐ近くに、ヤツが潜んでいるかもしれない。

 どこかすぐ近く、いや、ひょっとして目の前に、何かしらの罠を仕掛けて、われわれの様子を見ているのかも知れない。攻撃の準備を伺っているのかもしれない・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る