5 マツール島 2日目 ④

「本当ニ、申シワケアリマセン。私ノミスデス。」

 フランソワは全員に平謝りだった。特に、怯えきったシンゴに・・。

「昨日下処理シタ、イノシシノ、イラナイ部位ヲ捨テタノデス。モット流レニ乗ッテ沖ノ方ニユクカト思ッテタノニ、驚カセテ本当ニゴメンナサイ・・。」


「そういうことかい。はじめからそういってくれないと・・。」

 高田が仕方がない、という面持ちでフランソワに言った。


「しかし、あの子どものイノシシの腸もあんなに長いのかい?」

 山崎はフランソワに言った。

「それにあの毛、私には獣の毛には思えないのだが・・。」


 山崎はフランソワに疑念の声を向けた。あまりに気色悪い、内臓に、毛に、肉片。とても、岩場から引き上げて、このベースキャンプに持ってくる気にはならなかった。イノシシの体の一部分とは到底信じられず、その肉片を改めて、岩場から引き上げてくる気にはなれない。


「私ヲ信ジテモラエナイノデスカ?」

 フランソワは戸惑った。彼の表情からは本当のことを言っているのか、何かを隠しているのかはさっぱりわからない。涼香はフランソワを見つめた。


「先生に見てもらえれば、フランソワの言っていることが本当かどうか分かるんじゃない?」

 涼香は言った。おそらくフランソワの言っていることは本当だろう。でも、さっきはそれでだまされた。フランソワを信じたいが、信用はできなかった。


「私は美容外科医だから・・。医学の知識はあるが、内臓や毛が人間のものかどうかはっきり分からない。まして獣医ではないから、動物の内臓のことはさっぱりだ。それに死体はもう腐敗しはじめている。悪いね・・。」

 高田は言った。


 高田は嫌がっている?涼香はそう思った。

 確かに高田は嫌がっていた。死体を検分することを嫌がっている、というよりは、ここで自分が不用意なことを言ったために、ツアーの仲間同士がいがみ合ってしまうのではないか、ということを恐れてのことだ。


「本当に、本当に、人間の死体じゃないんだろうなぁ!?ええっ!?」


 シンゴはブルブル震えながら怒鳴った。

 無理はない。彼の大切なレイの行方が朝から分からないのだから・・。


「俺の、俺のレイが居ない!まさか、レイってことはないよな!?おい!!本当にイノシシだよな!!」

 シンゴは心ここにあらずだった。

 こんなにレイの心配をしているシンゴの姿を見たら、レイもさぞかし喜ぶことだろう。


「おい!お前!!本当にレイじゃないんだろうな!?レイのこと本当に知らないんだろうな!!」


 シンゴはフランソワに食ってかかった。シンゴはフランソワの襟首をつかんで激しく揺さぶる。シンゴよりもひとまわり大きいフランソワの身体はびくともしないが、シンゴの慟哭はすさまじく、フランソワの心を揺さぶった。


 しかし、シンゴはどうしてフランソワにあんなに食って掛かっているのだろう、

 高田は不思議に思った。確かに、フランソワという男は女性に優しく、そして、色目を使うところがあった。でも、その態度はレイに特別というよりは、ここに参加している女性全員に対してのことで、レイに特別ということはない。しかも昨日は確かにレイとフランソワが最後まで焚火に残ってはいたが、そのことは酔いつぶれていたシンゴは知らないはずだ。

 誰か、シンゴに昨晩のことを告げ口でもしたのか?


「答えろ!お前!レイに何をした!!」

 今にもフランソワに殴りかかる勢いで、シンゴは彼を責めた。


「ちょっと!やめなさいよ!フランソワがレイを殺したって言いたいの!」

 涼香はシンゴを突き飛ばすと、フランソワに助け舟をだした。シンゴとフランソワが離れると、山崎はシンゴを押さえて、再びフランソワに飛び掛らないように頑強に捕まえる。


「アリガトウ・・。」

 フランソワはまた助け舟を出してくれた涼香に礼を言った。


「あなたを信用してるわけじゃないから・・。」

 涼香は、そうフランソワに冷たく言い放った。


 まだいきり立って怒っているシンゴ。山崎は必死に彼を押さえているが、若いものの力は激しい。この優男やさおとこが、こんなに激しい力を持っていることを意外に思った。


「今のあなたをレイさんがみたら、きっと喜ぶよ。レイさんはユーチューバーさんと山の中だよ。大丈夫だから心配なさんな。それより、レイさんが帰ってきたら、いっぱい優しくしてやるんだよ。今みたいにね。」

 鈴木がシンゴをあたたかく慰めてやった。その優しい言葉に、シンゴの怒りは徐々に収まってきたが、その代わり、悲しみがよりこみ上げてきて、大泣きしてその場にへたりこんだ。


 涼香は高田のもとへくると、彼にそっと耳うちした。

「ちょっと来てもらえませんか?」



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