5 マツール島 2日目 ②

 日がすっかり高くなっていた。

 涼香は、あのあと、またぐっすりと眠ってしまっていたようだ。時計をみると8時になろうとしていた。はっとして起き上がると、もう鈴木も起きていたようで、テントの中にはいなかった。

 ついで、となりのナホを見た。

 すやすやと、安堵の表情で寝息を立てながら寝ているようだ。

 本当に可愛い・・。

 涼香はナホの頭を撫でてやった。すると、ナホはクスッと笑った。ナホもおきていたのだ。


「なんだ!?起きていたの!?どう?大丈夫!?」

 びっくりしながら涼香はナホに声をかける。

 ナホはニコニコしながら何も言わず頷いた。


「心配したわ・・。今日は旅行に出られそう?」


 ナホは左右に首を振った。


「そうよね・・。もう一日ゆっくりしてた方がいいよね。私もついてようか?」


 ナホは驚いた、そんなにも私に優しくしてくれるなんて。涼香の愛情を胸いっぱいに感じたナホは、涼香に迷惑をかけちゃいけないと思い、首を左右に振った。

「姉さんは、楽しんできて・・。」


 涼香はニコリと微笑み、ナホに軽くキスをして、彼女に手を振ると、テントから出た。


「おはよう!」


 テントから出てきた涼香に真っ先に声をかけたのは鈴木だった。

 ついで、口々にほかの者も涼香に朝の挨拶をした。


「おはよう。どうだい?ナホさんの様子は?」

 高田が心配そうに尋ねてきた。


「大丈夫みたいです。もう起きてるし。でも、今日はツアーに参加しないで、テントで休んでるそうです。」

 ナホの様子を聞いて、皆ほっとした。


「良かった。それなら。今日一日、ゆっくりさせておいてやろう。」

 山崎もニコリとしながら言った。

「さあ、朝飯を食べて。君の分と、ナホさんの分、あとシンゴ君の分。彼は二日酔いで食べないかもしれないけど。」


 見ると、ベーコンエッグどトーストが皿に置いてある。ベーコンは、正確に言うと、昨日のイノシシの肉のようだ。フランソワはこの準備をしていたんだな。涼香は一人納得した。


「そういえば、朝からレイとサチを見てないけど・・。」

 涼香は周りを見回しながら言った。


「あと、ユーチューバーもね・・。」

 山崎が言った。

「どうやら、朝早く起きて、山の中に入っていったんじゃないかな。動画のネタ探しに・・。サチさんも、きっとユーチューバーと一緒に山に入ったんだろう・・。

 そうそう、レイさんを知らんかね?フランソワ。君と彼女は昨日の夜、最後まで残ってたろ?」


 フランソワはドキッとした。その言葉を聴いた涼香も、また驚き、フランソワの方を見た。フランソワはよほど気まずそうだった。

 彼は、昨日の夜、レイと一緒だった・・。彼は私にうそをついたに違いない・・。

 そう思うと、フランソワに怒りがこみ上げてきた。


「知ラナイ。私モ、アノ後、スグニ寝タカラ・・・。」

 山崎の言葉を否定するフランソワだったが、しどろもどろさは隠せていない。明らかにうそをついている。


「もしかすると、二人についていったのかしら・・」

 鈴木が心配そうに言った。


「困リマス。ガイドノ私ニセメテ声ヲカケテ、デカケテクレナイト・・。」

 レイのことから話をそらすように、フランソワが言った。自分のそわそわした表情を隠すために、思い切り迷惑そうな表情を作りながら・・。


「声をかけられないようなことを、あなたがしていたからじゃないの?」

 涼香が怒りを抑えながらも、あからさまな不満を、フランソワにぶつけた。


 フランソワは驚いたが、涼香に図星をつかれて、その後何も言えなくなった。

 涼香は朝食に手もつけず、そのままテントに入っていった。

 フランソワ以外の者は、涼香がいきなり不機嫌になったことに驚いた。


「私、何か悪いこと言ったか?」

 山崎はおどけて見せた。鈴木も高田も、理由が全く分からず肩をすくめた。


 と、男性用のテントから、いかにも気分悪げなシンゴが出てきた。明らかに二日酔いで、今にも嘔吐しそうな表情で、腹と口を押さえている。


「あーっ!もどすなら、あの岩の向こうでやってくれ!それなら見えないから・・。」

 山崎がシンゴに声をかけた。


 シンゴは、マジかよ・・・、という表情を浮かべ、食道のあたりまで逆流している胃の内容物を必死におさえ、山崎に言われた岩を越え、テントの死角になる浜へ出た。そうして、海の中へ、豪快に嘔吐する。


 嘔吐する姿は見えなかったが、シンゴの豪快な嘔吐の吐き声は、山崎たちの方まで聞こえた。


「こりゃ辛そうだ・・。」

 山崎、高田、鈴木は苦笑いした。


「ギャアアアアアア!!!」


 途端に発せられた絶叫に、その場の全員が驚いた。嘔吐の声ではなく、恐怖におののいた絶叫だ。シンゴの声だ。驚いた山崎、高田、鈴木、そしてフランソワは彼の元へ走った。涼香も驚き、テントから出てくると、山崎たちのもとを追いかけた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る