3 マツール島 1日目 ⑧

 皆が肉とスープを食べきり、1日目のディナーが終わった。肉が入ると、自然とアルコールも飲みたくなる。アルコールがあまり強くないサチは早々酔っ払い、シンゴはフランソワに促されるままに、度数の強い地元の洋酒をぐいぐいと飲んでしたたか酔っ払い、すでに床に就いた。

 起きている数名が、焚火を囲んで、今日の出来事を振り返っていた。


「つまり、この島は無人島では無い、ということなんだね?」

 山崎が言った。


「アリエナイ、絶対ニアリエマセン・・・。コノ島ハ誰モ入ッテハイケナイ所ナンデス。」

 フランソワが反論する。


「じゃあ、君はイノシシのことを、どう説明するんだ?首に食い込んだロープ。ありゃ完全に、罠にかかったイノシシだ。それに、首筋が鋭利な刃物で傷つけられて、ちゃんと血抜きしてある。人間の仕業だよ。」

 山崎は冷静に、フランソワを論破にかかった。


「確カニ、罠ヲカケタノハ人間デショウ。デモソレハ、キット、桟橋工事ニ入ッテイタ人間ガ仕掛ケタモノガ、ソノママ残ッテイテ、罠ニ掛カッタイノシシヲ、偶然ナホサンガ見ツケタニ過ギマセン。」


「じゃあ、血抜きは誰がしたんだね?ナホさんかい?」

 矛盾じみたことを言うフランソワに山崎は畳み掛けた。


「ナホは何かに襲われたって言ってた・・。それで力を振り絞って、鉈を振り回したって・・。そのとき偶然、イノシシの首を切ったのかも・・。」

 涼香がフランソワに助け舟を出した。


「ナホさんが走って追いかけていたら、突然、太い木の枝に、胸が打ちつけられたと、彼女は言っていた。彼女の言うとおり、胸のところに太い縦線のあざができていたよ。あばら骨が折れていなくて幸いだったけど・・。

 彼女が言うには、何者かが、彼女が走ってくるのを待ち伏せしていたらしい。太い木の枝を強い力で曲げて、彼女が走りこんできたところ、その枝から手を離して・・。その反動で勢いよく飛び出した木が、彼女の胸を強く打ち付けた。

 彼女の胸のあざを見たら分かるけど、枝、なんて言ったけど、ちょっとした木の幹くらいの太さはある。胸じゃなくて顔面にあたっていたら、目も鼻もつぶれていたでしょう。

 問題は、敵を待ち伏せし、捻じ曲げた木の反動を利用して武器にしようとする知能を持ち合わせ、野太い木を捻じ曲げる怪力をもった何者かが、この島には潜んでいるということです。それが、人間だろうが、人間じゃない何かだろうが、我々にとっては脅威です。もし、それが人間に敵意を持っているような奴だとしたら、5日間もこの島で生活するのは厳しい。」

 高田の説明は、話を聞いた者たちを震え上がらせるのに十分だった。得体の知れない何かが潜んでいる。それだけで、誰もが戦慄した。


 涼香が、ポケットから何かを取り出した。

 それは毛だった。赤茶けた、しかし、ブロンドがかったような、美しい色の毛だ。

「これを見て。奴の体毛よ。ナホが苦しみながら、自分を打ちつけた木の枝に付着してた毛を持ってきた。私が遠目で見た奴の色と同じ。この色の毛に覆われてた。もしかしたら毛皮を着ているのかもしれないけれど・・。」


 高田がその毛を手に取った。

「確かに、生物の毛だね。一部に毛根が付着してるところを見ると、毛皮ではなくて地毛っぽい。とはいっても推測の域はでないけれどね。機材がなければ、これが何の毛なのか、地毛なのかどうかすら、ちゃんとした結果は出せない。」


「いやんっ!怖い!」

 フランソワの隣に座っていたレイは、彼の腕にしがみついた。彼はレイの頭をなでてやった。涼香は冷たいまなざしで、ちらりとフランソワを見た。フランソワはレイを優しくさすりながらも、涼香の視線が気になり、少し涼香へ微笑んだ。しかし、涼香は目をそらした。


「まぁ、もういいさ。私も人類未踏とか、こだわるのは止めた。敵が、多少の知能を持った奴だったとしても、木の幹を曲げてしまうような怪力なら、人間じゃないんだろ?ビッグフットみたいな怪物だとしても、ナホさんみたいなか弱い女性が追いかけてきただけで逃げるような奴だ。所詮、臆病な動物に違いない。こんな事件があったからって、島での楽しい数日を棒に振るのはあまりにもったいない。このために何十万円もかけてきてるんだからね。

 どうだろう、島内ではできるだけ一人っきりの活動は避けて、あまり奥地には踏み入らないこと。相手を刺激するのも得策じゃないだろ?行動に多少の制限が掛かるけど、奴に襲われて怪我するのもバカバカしいからね。」

 山崎が開き直ってそういうと、そこにいたほとんどの者が納得した。


「僕は、明日っから、奥地へ探検するぜ。」

 パズズが言った。

「まさにこれを探してたんだよ!心霊体験検証型ユーチューバー!パズズ神父様としては、心霊現象だけでない、ミステリーやUMAも広くおっかけたいと思ってたのよ!そしたら、まさに目の前に、格好の獲物が居たってわけって、もうサイコー!

 サイコ!サイコ!サイコパス!!誰がなんていったってやめないから、止めないでくれ!動画にきっちりと、猿人を収めてやるぜ!あわよくば生け捕り!てかぁ!!

 じゃぁ、明日があるんで、お休み!」


 パズズは一人でテンション高くまくし立てたかと思うと、そそくさとテントに入ってしまった。その場に残されたメンバーはみな、かなり呆気に取られていた。


「ナホの様子を見て、私ももう寝ます。」

 涼香が立ち上がって言った。高田も立ち上がり、涼香に塗り薬を渡す。


「もう一度、彼女の傷口にこれを塗ってやって。きっと落ち着くと思うから・・。じゃあ、皆さんも、もう寝ましょう。明日がありますから。」

 高田はそう言うと、鈴木に軽くお休みのキスをするとテントに入っていった。

 山崎はそれを見ると、鈴木にウィンクした。鈴木は嬉し恥ずかしい様子で、やはりテントに入っていった。


 山崎もテントに入ろうとしたが、一度立ち止まりフランソワに近寄った。


「さっきは済まなかったね。大人気なかったよ。君の事は頼りにしてる。肉もスープも、うまかった。ありがとう。」

 そういって、フランソワの肩に、ポンポンと手をやった。

 山崎の和解のあいさつにフランソワは何も言わず、微笑みで返した。それを見て安心した山崎も、テントに入っていった。


 フランソワはおもむろに焚火の火を消す準備を始めた。その場にはレイが残っている。


「一日長かったね・・」

 レイはフランソワに優しく声をかける。


「夜ハ、マダマダ長イヨ・・。」


 意味ありげに、フランソワはレイに笑いかけた。


「アッチヘ行コウ!」


 フランソワはレイの手を取って、テントからは死角になる岩場の影の、ちょっとした浜辺へむかった。





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