3 マツール島 1日目 ⑦

 マツール島は、もうすっかり暗くなっていた。

 二つのテントの真ん中に、大きな焚火が炊かれていた。涼香とナホが、だいぶ木々を集めてくれたし、実は、ほかの男性達も、二人が森へ入っている間、島の岩礁付近に流れ着いていた流木を集めていたので、火は心配要らないようだ。

 島について、キャンプを設営した後は、森に入って食べられそうな植物や果物をとったり、海に入って魚や貝を獲ったりする予定だったが、涼香とナホの騒動で、一日目の予定は大きく狂った。

 1日めから、早速、倉庫の非常食のお世話になったが、フランソワが持参していたハマニリゾートの野菜と、鈴木とサチが海に入り、岩礁で採った海草や貝類があった。夕食はそれらで、海水の塩味がベースの魚介スープをフランソワが作った。

 多少薄味ではあるが、味は完璧だった。ただ、若い連中にはまだまだ物足りなかった。


 焚火の周りでは、山崎と鈴木、シンゴとレイ、サチが座ってスープを食べている。ナホはテントで寝ていて、涼香はナホが心配でナホの傍らで付き添っていた。高田は、ナホの傷の手当てをしている。そして、フランソワは男性用のテントの隅の方で何か作業をしていた。パズズも、焚火からは離れて夜空か何かをスマホで録画していた。


 スプーンで皿の隅々まで掻きあさって口に流し込むとシンゴは皿を突き出して、おかわりを要求した。鈴木がその皿を受け取ると、焚火の火にかけてある鍋からスープを沢山よそってやった。


「まだまだ沢山あるから、食べてねぇ~」


 優しくシンゴに声をかけてやる鈴木。シンゴは美人に優しく声をかけてもらい、デレデレ顔になった。

 それを見て、レイは妬いてシンゴの肩をつついた。


「んだよっ!何すんだてめえ!」


「デレデレしてんじゃねぇよ!かっこわりぃ!」

 レイは別にシンゴのことをそんなに好きではなかったし、今はフランソワにぞっこんだったが、シンゴがほかの女といちゃつくのは、やはり頭にきた。


「デレデレはおめえだろ!?なんだ!あの外人野郎にめちゃ色目使ってよ!みっともねぇ!」


 また二人の大喧嘩が始まった・・、と周りは思った。


「そのスープだって、フランソワが作ったのよ。あなたいっぱい食べてるじゃない。文句言わないのよ。喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない。あと数日、仲良く過ごさないと、楽しくないよ。」


 シンゴは鈴木にたしなめられると、またデレデレとして、鈴木の言葉に頷いた。


「まぁ、へへ・・」


「あったま(頭)くんなぁ!」

 レイは座ったままシンゴを蹴飛ばした。


「でも、初日からハプニングね・・。あと数日、島の生活を楽しめるかしら・・。」

 鈴木は、ちょっと心配で弱音を口にした。思いの大小はあれ、みんな思っていた不安だった。


「大丈夫、大丈夫。こんなハプニングがあってこその無人島生活でしょ。ナホさんだっけ?彼女のケガも幸い、たいしたことは無いようだし。」

 山崎が答えた。


 山崎の話にニコリと笑顔をみせ鈴木が答え、焚火から離れているパズズを見て声をかけた。


「ねぇ、ユーチューバー!スープ食べないの?栄養摂らないと明日以降乗り切れなくなるわよ!」


 パズズは鈴木の方を見ると、フッと小ばかにするように笑った。


「僕が必要なのは動物性たんぱく質です!野菜の雑炊みたいなもの食べたらダメ!ダメなの!アレルギーが出ちゃう!」


 パズズが鈴木に無礼な態度に出たことに、シンゴは腹を立てた。

「こらっ!クソガキ!オメエが食わないなら俺が食うぞ!痩せっぽちが偉そうなこといってんじゃねぇ!」


 サチがシンゴに反論する

「パズズ神父様は肉と魚しか食べないのよ!大食い動画もいっぱい投稿されてんだから!6キロのステーキを25分で食べきる動画とか、すげぇ食うんだから!」


 焚火の周りの全員がそれを聞いて目をむいて驚いた。


「どこにその肉が入るんだろうねぇ」

 山崎は呆れて笑った。


 すると、何か大きなお盆をフランソワが持ってきた。


「デハ、オボッチャマ!タンパク質ヲオ持チシマシタヨ!」


 えっ!?という表情を浮かべて、パズズも焚火の方へやってきた。


「うぉぉぉ!肉じゃん!!」

 パズズが興奮して身を乗り出す。


「ナホサンガ獲ッテキタ、イノシシノ肉デス!」


 おおおっ!と焚火の周りが沸いた。


「ナホって、なんかすごいんだよねぇ!あんなおとなしそうで、自分がこうと思ったら、貪欲にアクティブに動くんだよ~!でも、イノシシなんか獲ってくるなんてね!」


 サチが興奮してナホを褒め称えた。


 事情を知っているフランソワと山崎は苦笑いした。


「さぁ、さぁ!早く焼いて!!」

 パズズがフランソワに促す。フランソワはきれいな赤味に白い脂のサシが入った肉が贅沢に刺さっている櫛を、何本も火にくべた。


 ジュ~ッジュ~ッ!

 肉は脂を滴らせながらいい音を鳴らせて焼きあがってくる。それとともに、肉の焼けた、食欲をそそらせるにおいがベースキャンプ中にただよった。

 すると、テントの中から涼香と高田が出てきた。


「ナホさんの様子はどう?」

 鈴木が尋ねる。


「心配ないよ。ちょっとショックが強いようだけど。一晩休めば明日には体力も戻ると思う。」

 高田が言った。美容整形外科医とはいえ、医者がいるというのは皆の安心感につながった。


「おっ!?肉かい!?どおりでいいにおいがすると思った!」


 高田は喜んで焚火の回りに座った。フランソワは少しずれて自分の隣に座るよう、涼香に促した。涼香は遠慮するように首を振り、高田の隣に座った。

 先ほどのナホの態度といい、今の涼香の態度といい、なぜか自分が避けられているような感じがして納得いかない感じだった。

 自分はハンサムだと思っているし、誰にでも優しく、ジェントルマンに接している。今までこんなに嫌われるような態度をとられたことはない。少なくとも、女性からは・・。何がいけなかったんだろう・・。自分の行動を少し省みてみた。

 この紳士ぶり、イケメンぶりも、自分の商売道具のひとつだ。このおかげで雇われていることもある。女性客は大切に扱わなければならない・・。


「サア、オ肉ガ焼ケマシタヨ!」


 フランソワはそう言うと、皆に肉を配った。


 もちろんレディファーストで。


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