3 マツール島 1日目 ⑦

「誰!?」


 大好きな涼香からシャツをはだかれ、乳房をまさぐられ、乳首に舌を這わされ、快感に身をゆだねていたナホが急に怒鳴って、飛び上がった。

 腰をかがめていた涼香は突き飛ばされたように、地面にひっくり返った。


「ナホ!どうしたの!?」


「誰よ!?」


 彼女はある一点を見つめていた。それは白浜の自然の遊歩道から外れた、木々が覆い茂った場所だ。


「だっ、誰か覗いてたの!?」


 涼香は驚き、あせった。あわてて自分のシャツを下ろし、裸同然の上半身を、衣服で隠した。

 ナホがするどく視線を向けている方を、涼香も凝視した。しかし、その方向は、かなり木々が生い茂っており、ツアー客の連中が先回りして、そこに隠れているだなんて、にわかには信じられかった。


「誰よ!?出てこないならこっちから行くわよ!」


 大好きな涼香との逢瀬の現場を見られてしまったという怒りからなのか、ナホの剣幕はものすごかった。彼女は鉈を手に取ると、一目散に、覗いている誰かがいると思っている方向へ向かって走っていた。

 砂浜の遊歩道とは違い、彼女の向かっている方向は、それこそ誰も足を踏み入れたことは無いであろう、獣道けものみち。ナホが今履いているのはラフなハーフパンツにスニーカーだ。あんな格好で木々の中を突き抜けていったら、足が傷だらけになってしまう。それに蛇や毒をもった虫がいないとも限らない。いや、きっといるに違いない。


「だめよ!ナホ!!危ない!!」


 涼香は大声で止めたが、ナホは制止の声も聞かず、木々を掻き分け目標に向けて走り出す。目の前を遮る枝やツタを、鉈でバシバシと切り倒しながら・・。


 ・・・!?


 瞬間、涼香も見た。ナホの向かう、ずっとその先。木々の覆い茂る影に、ちらりとだが、確かに何者かがいるのを。遠目なのではっきりとはわからないが、170センチくらいの背丈だろうか。そいつは走って向かってくるナホに驚いたのか、ザッときびすを返して、もっと山奥へ走り去っていくようだ。ここからでは、人のような影、としか判別はつかない。赤茶けたような毛に包まれているサルのようにも見えるが、人間大であるようだし、二足歩行で逃げているようだ。オラウータン?ゴリラ?それとも未知の猿人?とにかく相手が人間だろうが、違う動物だろうが危険に変わりは無い。


「だれかぁ!!だれかぁ!きてぇぇ!!」


 あらん限りの大声で涼香は叫んだ。


 何事か!?と、涼香の声のする方へ、何かしら武器になるようなものをおのおのが持って、フランソワ、高田、山崎がやってきた。


「ドウシマシタ!?」


 フランソワが叫んだ。思わず涼香はフランソワに抱きつく。


「ナホが!ナホが!山の中に!」


「あの格好で!?危ない!」

 高田が言った。


「なんでまた!?」

 山崎も涼香にたずねた。


「誰かが、いや、何かが、何かがいたの!ナホは覗きだと思って鉈を持って・・」

 涼香のあせりの声が激しい。


「覗キナンテアリエマセン!人ハ居ナイハズ!」

 涼香をなんとか落ち着かせようとフランソワも言葉を次げた。


「でも、二足歩行で人間くらいの大きさはあったの!」


「そんな大きな生き物なら、霊長類だとしても危険だよ!助けに行かないと!」

 山崎が心配そうにフランソワと高田に向かっていった。


「ソウシマショウ!貴女ハキャンプニ戻ッテ。私達ガ探シテキマス!」

 フランソワが涼香にキャンプに戻るよう促しながら彼女の肩に触れたときだった。


 ザッ!ザッ!!バキッ!バキッ!!


 と枝葉を踏みしめ切り落とす音が、木々の奥から聞こえた。

 全員が音の方を見ると、ナホがおぼつかない歩き方で、涼香たちの方へ戻ってくるのが見えた。右手には鉈を、左手はロープのようなものを持ち、左肩に何か大きなものを抱えていたが、その肩から血を流しているようにも見える。


「ナホ・・!!よかったぁ!!」

 涼香は涙を流しながら、その場にへたり込んだ。

 男達は木々の中を走りぬけ、ナホの元へ駆け寄った。


 ナホは高田たちの顔を見ると、ホッと安心したかのように力なくその場へ倒れた。

 ナホは鉈を落とし、肩にしょっていたものもおろした。肩にしょっていたのは、動物の死体。おそらくイノシシのこどものようだった。動物は、首にロープのようなものがしっかりと食い込んでいた。そして、まるで血抜きされているかのように、首のところがきれいに切られていて、そこから大量の血が流れていた。ナホの肩から血が流れているように見えたのは、その動物の血らしい。


「大丈夫か!?」

 高田が叫んだ。


「姉さんは!?姉さんは!?」

 ナホはフランソワを見るなり、声をあげた。


「姉さんって、本多さんのことかい?」

 山崎は聞き返すが、ナホは姉さん!姉さん!と叫び続けている。


 高田は涼香のことだと理解し、ナホに、彼女の無事を伝えた。

「大丈夫だよ。無事だから安心して!それより、君のその傷を何とかしなくちゃ!まずはキャンプへ連れて行こう!」


 フランソワと高田がナホの肩を抱えあげようとしたときだった。ナホは露骨にフランソワをにらみつけると、彼の腕を跳ね除けた。ナホの持っていた鉈と、肩にしょっていた動物を持っていこうとしていた山崎は、その様子をみると、持っていた鉈と動物を地面におき、フランソワに代わるよう促し、高田とともにナホを抱きかかえた。

 なぜ自分が拒否されたのか、まったく理由が思いつかないフランソワはいぶかしげな表情を見せながら、鉈と動物を持ち上げて、涼香の方に向かった。

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