3 マツール島 1日目 ⑥
涼香とナホは、木々の生い茂る方向へ進んでいた。
まだ浜から何メートルも離れていないにもかかわらず、沢山の覆われた木々で浜のベースキャンプと、ほかのツアー客が見えなくなっていた。心なしか、ツアー客達の騒がしいはずの声も聞こえなかったが、波が浜に上がってゆく、心地よくもやさしい、サァーッという音はよく聞こえた。
もっと落ち葉や折れた枝が落ちているのを、涼香は想像したが、枝葉が落ちているどころか、意外にも、ほとんど雑物のない、白い砂の道が続いていた。踏み込むと“キュッ、キュッ”と軽い音がした。砂浜の道は木々のトンネルに囲まれて、歩きやすい、自然の遊歩道のようになっている。美しく白い砂浜は誰にも踏みしめられておらず、とても美しい。
「こりゃ、木、切るしかないねぇ・・。」
涼香がナホに言うと、ナホは何も言わず、ニコニコしながら頷く。
「鉈なんて、使ったことある?」
またナホは何も言わず、ニコニコしながら首を左右に振った。
「アタシもぉ。フランソワの頼みごとだったからさぁ、つい立候補しちゃったけど、バカだよねぇ・・。使い方わかんないのにさぁ・・」
コンッ!コンッ!!バシッ!!
何かをたたいて、木が折れるような音がした。
涼香はナホの方を振り返ると、ナホは鉈をうまく使って、枝を切り落とした。ナホがあまりに上手に木の枝を切っていたので、涼香はびっくりして目を丸くした。ナホはお嬢様育ちで、口下手で、おとなしい性格だと思っていたので、こんなアウトドアな作業を簡単にこなしてしまうとは思わなかった。
「上手!上手!!」
涼香に褒められ、ナホは喜んだ。
「簡単だよ。ホラー映画でさ、ジェイソンとかが犠牲者の脳天、鉈とかマチェーテとかでかち割る要領でやれば。」
ナホはニコニコして答えた。
そうだった。ナホはおとなしい性格していて、ホラー映画とか怪談とか大好きなオカルト女子だった・・。右手で鉈をもって、左手で切った木を持って立っている彼女を見ると殺人鬼の風格すら漂ってくる。
「えっ?ホラー見ねえし・・・。」
涼香はつぶやいたが、その言葉を聴きもせず、ナホはどんどん大木から枝を落としてゆく。予想以上に手際がよい。涼香もおちおちしてはいられない、と、枝を落とし始めた。
「憎いやつの頭に、叩きつけるとおもってぇ~」
物騒なことを言う女だ・・。
涼香はちょっとゾッとした。まぁ、言われたとおり、枝に刃を立ててみる。
よく研がれた刃は、太めの枝もスパッツ!スパッ!と切り落とした。重めの鉈を振り下ろすのに少々力は要るが、枝に刃が食い込んだあとに、そのままきれいな切り口で大木から離れて落ちてゆくのをみると、正直、かなり爽快だった。ストレス解消にはもってこいだ。
二人は手際よく枝を切り落としては運びを繰り返すと、思ったよりも早く、枝が山積み状態になっていた。しかし、二人は調子にのりだして、更に枝を落としていく。
涼香は作業をしながら、冗談ぽくナホに語りかけた。
「憎い奴って、ナホは誰想像してんの?」
ナホはニコリと笑い、鉈を振り下ろしながら、あっけらかんと答えた。
「んとねぇ。フランソワ」
涼香はドキッとして顔を上げた。
「なんで?」
「だって、あいつ、私に海水ぶちまけて笑いものにしたでしょ。姉さんの前で私に恥かかせたから。許せない。」
いつもそうだが、この子は想像もつかないことを、サラっと言ってのけてしまうことがある。だが、きっとナホは本気なんだ、そう思うと、背筋にゾッとするものが走るのを感じた。鉈を持っている彼女を見ると、余計にそう思ってしまう。
ナホは涼香のことを愛しているのだ。
学生時代、同じ演劇サークルで、男役の涼香をいつも憧れのまなざしで見ていた後輩が、ナホだった。ナホはやがて念願かなって、涼香の恋人役を射止める。風の噂の範疇を超えないが、ナホはその役を射止めるため、候補に挙がっていたほかの学生達に嫌がらせをして、精神的に追い詰めてサークルから追いだし、その役を奪ったとも言われていた。おとなしく、いつもニコニコしているが、その笑顔の裏に、どんな狂気を隠しているか分からない、得体の知れない不気味さがあった。
でも、涼香にとってはかわいい後輩であり、彼女が自分のことを愛している、という気持ちにも気づいていた。だから、彼女から告白されたとき、さして驚きもせず、そのとき特に恋愛や異性に興味を持ってもいなかったので、言われるがままに、彼女を受け入れた。
社会人になると、お互い職に就き、多忙な日々を過ごすようになったので、関係は疎遠になっていた。学生時代の甘酸っぱい恋愛関係は自然消滅した。涼香はそう思っていた。
今回、この無人島ツアーに参加しようと思ったときに、真っ先にナホに声をかけようと思っていた。社会人として成長したナホに会いたかったのもある。そうして、自分も今、社会人として成長したところを彼女に見せ、今は異性といい関係を築きたい。この旅行でできればそういう人を見つけたい。というところをナホに見せたかった。
ナホに久しぶりに声をかけると、ナホの喜び方は尋常ではなかった・・。
もしかしたら、ナホは学生のときからちっとも成長していない?少し嫌な予感が頭をよぎった。その予感は的中している・・。今、涼香はそれを確信し、旅行に誘ったことを後悔し始めた。
「ナホ・・・・」
涼香は鉈を下ろすと、ナホを呼んだ。
涼香は手を広げて、自分の胸元に彼女を呼び込んだ。ナホはそれを見ると、涙を流しているのか、走りこんで、涼香の胸に顔をうずめた。ただし、手には鉈を持っている。
ナホは決して大きくはない涼香の胸に深く顔を沈めると、母親の胸で眠るよう赤子のような安堵した表情となった。涼香は、ナホの髪をやさしくなでてやった。
「姉さんはナホのものだよね。ナホだけのものだよね?だって、旅行にも誘ってくれて。こうやって抱きしめてくれて・・。もう会えないかと思ってあきらめてた・・。」
涼香はナホを見つめながら、どうやってナホを説得しようか考えあぐねていた。だが、今それをするのは得策ではない。まだ、涼香の考え自体がまとまっていなかったし、なにせ今、涼香の手には、、、鉈が握られている・・。
「なのに、あいつは私の姉さんに色目使って・・。姉さんのこと何にも知らないくせに!あいつはきっとどんな女にだってそうに決まってるんだ!あの汚い手を私にも触れてきたし!あいつは許せない!!」
涼香の胸の中にいるのに、興奮しだしたナホは、手にした鉈をブンブン振り回している。危なくて仕方が無い・・。
「ナホ!」
涼香はナホの顔を手で押さえると、彼女の唇に、自分の唇を重ねた。
とたんに、ナホは軽い痙攣を起こしたかのように震え、やがて静かに動かなくなった。数十秒、静かなまま二人は唇を重ねあった。
「姉さん、、、愛してる・・。」
重ねた唇をはずしたナホはつぶやいた。涼香は無言のまま、笑顔で頷いた。
身体が、自分の頭で思っていることとは、まったく逆のことをしていることに、心の中で涼香は戸惑っていた。
だが、今は、無性にナホを欲していた。涼香は、さっきよりも激しく、ナホの唇を奪った。ナホの口の中に、舌をねじ込み、ナホの舌をまさぐる。ナホも涼香の舌を迎え入れた。舌と舌が激しくからみあう。二人の重なり合った舌から、透明な唾液が滴り落ちる。
ナホは持っていた鉈をポトリ、と地面に落とすと、涼香に激しく抱きついた。涼香も負けじとナホをぎゅっと強く抱きしめる。二人は快感にもだえるかのように、身体をクネクネとねじっている。
ハア、ハア・・
二人は自分達の身体からムッとした熱い熱気が湧き出ているのを感じた。
そして、シャワーも浴びず、汗くささと、潮くささにまみれた身体からは、
その様子を、遠目に、藪の中からのぞいている存在に、気づきもせず・・。
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