3 マツール島 1日目 ⑤
浜に、大きなテントが2張、張られた。
ツアー客達も設営に手伝いはしたが、ほとんどフランソワが手際よくつくった。女性陣は頼りになるコンダクターに、ますます憧れのまなざしを送った。
「ココガベースキャンプデス。
フランソワが指示した。
「アタシが行く。」
涼香が挙手すると、それを見てナホも手を上げた。
それを見た涼香はにこりとした。しかし、ついさっきまでボートで船酔いをしてゲロゲロと吐いてげっそりしていたので、ちょっと心配して声をかけた。
「でも、大丈夫なの?」
ナホはにこりとして、ただ頷いた。
「僕ノザックニ、
フランソワは大きな青いザックを指していった。
涼香はザックから鉈を取り出すと、ナホと手をつないで山へ入っていった。
山に向かう直前、涼香はフランソワの方を見ると、彼は涼香にウィンクした。涼香も恥ずかしそうにしながらも、ウィンクで返した。
テントが設営されると、ツアー客のおのおのが自分の荷物の整理をし始めた。
山崎は荷物から大きなカメラを取り出すと、早速、島の自然の写真を撮り始めた。かなり手当たりしだいな感じだ。この砂浜は樹木に囲まれて谷間のようになっているので、この浜で発した音は周囲の樹木に跳ね返り増幅されて、島中に響き渡る感じがする。なんてことはないカメラのシャッター音ですら、増幅されてカシャッ、カシャッっと響いた。
先ほどの冷静を欠いたような山崎の態度が気になっていた高田は、そんな山崎のもとへ歩み寄った。山崎は撮影に没頭していたが、自分のすぐそばにやってきた高田に気づいた。
「さっきはお恥ずかしいところをお見せしました。おかげで助かりましたよ。」
山崎は、あまり彼の方を見ないで、写真を撮りながら高田に礼を言った。
「あなたが、あんなに興奮するなんて、ちょっとびっくりでした。冷静沈着な方だとお見受けしていたので」
高田も特に山崎の方を見るでもなく、おそらく山崎のファインダーの先に見える景色の方を見ながら言った。
「買いかぶりですよ。私なんて、ろくでもない人間なんです。」
相変わらず、シャッターを切りながら話す山崎。
「自然がお好きなんですね。」
熱心に自然の写真を撮りまくる山崎の姿をみて、高田は感心した。
「これだけの自然に囲まれた写真が撮れることは、そうないですからね。それにしても残念です。あの桟橋と小屋。写真にあんなもの、収めたくなかった。この、あまりにすごい自然の中で、たったあれだけのものですが、あまりに異質です。」
「そうですか?僕にはよく分かりません・・」
高田は山崎の気持ちに寄り添おうとしたが、正直に自分の気持ちで答えた。そして、山崎の機嫌を損ねるかもしれないが、気になっている質問をした。
「ところで、どうしてあんなに荷物をお持ちになったのです?いらない荷物はホテルにおいてきた方が身軽でよかったのに・・。旅行の荷物、全部持ってこられたんじゃないですか?」
それまで、シャッターを押しまくっていた山崎は、ふと手を止めた。そしてファインダーから顔を上げ、高田の正面に身体の向きを変えた。
「何か、お気に召さないことでも?」
高田は慌てて、彼の言葉を否定した。
「いやいや、そんな。あなたが何をお持ちになろうが、私には関係がありませんから・・。ただ、ちょっと気になっただけで・・」
「カメラの道具ですよ。」
ちょっと語気を強くして山崎が答えた。
「カメラの、、、道具?」
「はい。ユーチューバーの彼じゃありませんが、私も趣味が高じて、ずいぶんといろいろなカメラを持ってましてね。写真の腕が無い分、機械で補おうと・・。被写体や、撮影の時間帯や天候なんかで、よりよく撮影できるように、レンズとか、カメラを変えて撮影してるんです。なので、持ってるカメラと機材を全部持ってきてるんですよ。高級品ですから、肌身離さず持っていたいですしね・・。」
恥ずかしそうに、山崎は答えた。
プロのカメラマンでもないのに、写真に情熱を燃やしている彼の情熱が羨ましかった。
そこへ、鈴木がやってきた。
「素敵な写真、撮れてます?」
鈴木は高田の腕に自分の腕を絡める。
ちらちとその様子を見て、山崎はニコリと笑い、またファインダーをのぞきだした。そして、仲睦まじい様子の高田と鈴木の方へレンズを向けて、シャッターを押した。
高田はびっくりして、あわてて、鈴木の腕を解こうとした。
「困るなぁ!」
いきなり写真を撮られたことに高田は少し不機嫌になった。この数日間、自分のもやもやした気持ちを、鈴木のおかげで忘れることができていたが、今、写真を撮られたことで、不倫騒動、妻の死・・。辛い思いへと引きずり戻されてしまったようだった。
「あとで差し上げますよ。大丈夫です。プライベートは心得てますから。」
山崎はにこりとしながら高田と鈴木を見た。
「憑き物がとれたように幸せそうですよ。高田さん。すくなくとも、この旅行では、辛いことはお忘れなさい。鈴木さんが、あなたの辛いことを忘れさせてくれてるようだし。自分の気持ちに素直になられたら楽に過ごせますよ。」
先ほど苦悶の表情を見せた高田を心配しながらも、山崎の発言にちょっとした恥じらいを、鈴木は覚えた。その自分の気持ちを悟られないように話をそらした。
「島の写真、いいのいっぱい撮れてます?私の記事に使わせていただきたいの。」
カメラのモニターを覗き込みながら鈴木は言った。
「使っていただけるなら光栄です。後で見てみてください。」
「ありがとうございます!」
鈴木はまた高田の腕に自分の腕を絡めた。二人は見つめあうと、ニコリと笑いあった。山崎も安心して二人に笑いかけた。
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