3 マツール島 1日目 ④
乗客たちは、船から荷物をもって続々と降りてきた。
フランソワはひとりひとり、桟橋へおろす手を貸している。
レイは顔色はよくなっていたが、船に乗り疲れてげっそりしている。
フランソワはそんなレイの手をとると、やさしく声をかける。
「ヨク頑張ッタネ。後デ一緒ニ楽シミマショ」
レイは嬉しくなって、フランソワに微笑んだ。
続いて出てきたシンゴにも手を貸す。
「ダイジョウブカイ?」
シンゴにも声をかけるフランソワ。
普通のシンゴならつっかかっているところだが、今はそんな気力もなく、ただただフランソワに促されて降りていった。
次いで、涼香が降りてきた。フランソワは涼香の手をとると、彼女にウィンクする。涼香も、ニコリと笑顔で返した。
最後に降りてきたのは山崎だった。山崎は人一倍大きなバッグを、重そうに持ってきていた。
「荷物、オモソウダネ」
フランソワは苦笑いした。山崎も苦笑いで返すだけで、特に何も言わなかった。
全員が集まると、川尻がまた甲高い声を出して説明を始める。
川尻は、潮を浴びてビショビショになり、ワイシャツも塗れて、彼の醜い二段腹が透けて見えた。乳首やへその周りには毛が生えているのがわかる。
「皆さん、お疲れ様。いよいよこれから五日間、島を満喫していただきます。お荷物は必要なものを除いて、小屋へ入れてください。鍵がかかりますんで。鍵はフランソワが持ってますから、必要な場合は彼に言ってください。まぁ、仮に荷物が盗まれたとしたら、皆さんの中の誰かが犯人ですから、盗難はありえないでしょうけど。三日後の今ごろのお時間に、私がこのボートで皆さんの様子を見に参りますから、何かありましたら、そのときに対応します。
あの小屋の中に非常用の食料と医療品、発電機、無線機が常備してあります。できる限りそれらのものを使わないように、無事に皆さんが過ごされることを祈ります。お迎えにあがるのは六日目の今ごろになります。
何かご質問はありますか?」
山崎が手を上げた。
「確かこの旅行は人類未踏の島へ行くというのが売り文句だったと思いますけど、桟橋とその小屋を作るのに、人が上陸してますよね?」
いやぁ、困った、、といった表情を浮かべて、川尻は、潮のひいた岩場にこびりついた海草のような髪の毛を手櫛で整えて答えた。
「桟橋と小屋を建てるために、現地人が数日浜に上陸しただけで、ほかには誰も、どこにも行っていませんよ。ご心配なさらなくても、十分お客様のご期待に添えると思いますよ。」
「でも、誇大広告だよね。」
なおも山崎は食い下がった。余程人類未踏の島を期待していたようだ。
こういう客がいることを多少想定はしていた川尻だったが、ちょっとムッとしながら彼に答える。
「桟橋がなければ船がないから上陸できませんし、小屋がなければ何か非常事態が起きた場合に対応できる備品も置いておけませんよ。」
山崎はまだまだ食い下がる。
「桟橋をつくった現地人は、桟橋がなくても上陸したんですよね。我々だって桟橋がなくても上陸できたってことじゃないの?」
ほかの客も、山崎のしつこさにちょっと辟易しはじめた。
クルーザー内での高田とパズズとのいざこざを納めた鮮やかさと打って変わって、単なるクレーマーになっていたことにがっかりしていた。
川尻は嫌々クレーマーに答える。
「現地人は普通、木製の、カヌーみたいなみすぼらしい船でこの島にあがってきたんですよ。大勢のお客さんを乗せてこられるような船で上陸するためには桟橋が必要なんです。まして、貴方みたいな大きな荷物をお持ちの方をこの島に連れてくるためにも、桟橋や小屋が必要になったんです。分かります?」
荷物のことを振られた山崎は、ハッとして荷物を見ると、そのままクレームを止めた。川尻は、客がクレームをやめたことで、自分が勝ったと内心ほくそ笑んで、余計な言葉を継ぎ足した。
「いったい何をそんなに重そうなお荷物を持ってこられたんです?貴重品や必要ない品物はリゾートのクロークにお預けくださいと申し上げたはずですよ。」
「余計なお世話だよ!」
川尻の言葉にかちんときた山崎は怒鳴ると川尻の方へ飛び掛らんばかりに数歩前へ進んだ。
すると今度は高田が山崎を止めた。
殴られるかと、警戒した川尻だったが、ホッとしてまたしゃべりだした。
「それでは、私はこれで失礼します。どうぞお楽しみください。」
川尻はそそくさと船に乗り出した。
山崎は、自分のことを止めてくれた高田に礼を言った。
「これでおあいこですね。」
高田と山崎はお互い笑った。
「デハ、皆サン!御荷物ヲ小屋ニイレテ。浜ニテントヲ張リマス!」
フランソワの大きな声が、樹林に反響してよく響いた。
ブロロロロロロ!
船のエンジン音がうるさく響き、排煙筒から黒い煙が勢いよく出て、船が桟橋を離れていった。ガソリンと煙いにおいだけが残った。
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