3 マツール島 1日目 ①

 朝6時。空はすでに明るくなっている。

 しかし、まだ日差しはたいして強くなく、人の出もほとんどない。

 ハマニリゾートの朝は静かだ。波が浜にあがってくる、サーッという音しか聞こえない。

 そんななか、ハマニベイのとある一角だけは人が集まりにぎやかになっていた。

 マツール島ツアーの一行が集まっていたのだ。


「皆さんお集まりですか~」


 甲高い声が響く。

 華信旅行社の川尻だ。彼の声は禿げ上がった頭のてっぺんを突き抜けて響くような甲高い声。ワイシャツにネクタイ姿だが、膨れあがった腹はズボンにおさまらず、だらしなくワイシャツがズボンの外にはみ出している。腹はベルトの上にプリンッとのっかっている。


「ボートにお乗りくださいっ」


 彼が示したボートを見て、一同は驚いた。リゾートまで乗ってきたクルーザーとは一変、地元漁師の漁船だった。船体は古臭く、塗装がはげ、ところどころ傷だらけ。動力の燃料は何を使っているのかわからないが、ボボボボッという奇音を上げながら、船体の上部に煙突のように伸びた排気筒からは、真っ黒な排気煙が出ている。船から魚のにおいなのか、エサのオキアミのにおいなのかよく分からないが、鼻を突く腐臭と、ガソリンのにおいだか排気煙のきついにおいが入り混じっていた。この船で3時間近く揺られなければならない。


 もちろん、座席もない。釣り船と同じように、どうに座るしかない。船室もあるにはあるが、とても狭く、乗客たちの荷物でいっぱいになっていた。それに船室内はこれまた異様にくさい。


 2日間のリゾート生活は本当に天国のようだった。

 今更ながらに楽しかった2日間を、全員が懐かしんだ。


「勘弁だぜよぉぉ!だからいわんこっちゃねぇ!」


 またブツブツ文句を言っているのはシンゴだった。

 シンゴはうるさかったが、さすがにレイも、この船はないなぁ、と思っていた。レイはあまり乗り物に強くない。飛行機も、クルーザーも不安だったが思ったより安定した乗り物だったので乗り越えられた。でも、これはダメだ・・。においは酷いし、こんなボロボロな船では、かなり揺れるだろう。それを想像しただけで吐き気がこみ上げてきた。


「アタシ、島行くの止めていい?」


 急にレイが弱気になった。

 それをみたシンゴも激しく同意した。


「だから言ったろ!やめよ!ホテルに戻ろうぜ!」


 すでに船体に乗り込んでいた涼香が、それに気づきムッとして怒声を浴びせる。


「何バカ言ってんだよ!3時間我慢したら天国が待ってるぞ!」


「え~っ、でも、ほんと・・・。ムリだし・・。」


 躊躇しているレイに男性が声をかける。


「オ嬢サン、行キマショウ。アットイウ間ニ着キマスヨ。」


 フランソワだった。彼はおびえるレイの背中を優しくさするように手を当てて、彼女を見つめた。

 彼の大きな手の平が背中に触れると、何かとても暖かい気持ちに包まれた感じがした。そしてフランソワの瞳に、心まで吸い込まれる。


「ネ、行キマショウ。僕ガツイテマス。」


 ぽ~っとしたレイの荷物をフランソワは手に取ると、船内に入っていった。

 それを見たシンゴは慌てて、その荷物を奪おうとする。


「てめえ!島行かねぇ!っていってんだろ!ざけんな!」


 と、レイはフランソワの腕を組み、二人で歩き出した。

 ニコッと笑うフランソワ。


「サァ、貴方モ行キマショウ。男ナラ。」


 満面の笑みを、シンゴにまで見せて、フランソワとレイは船内に入った。

 そのフランソワの笑顔が、勝ち誇ったかのような笑みに感じ、シンゴはとたんに胸糞悪くなった。


「チッ!」


 仕方なく二人の後を追って、シンゴも船内に入った。

 その様子を遠目に見ていた涼香も、レイに少し妬けた。だが、嫌がるレイを連れて行くには仕方がない。私のフランソワ、少し貸してあげるわ・・。そんな気持ちでいた。


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