2-1

 ブロロロロロrォォォ


 クルーザーのエンジン音が鳴り響いた。

 船員達の動きがあわただしい。クルーザーが港についたようだ。

 ハマニリゾート。まったく聞いたことのない観光地。なんでもポリネシア群島のひとつらしい。地図にも名前の載っていないような小島らしいが、港に着いたクルーザーから見える風景は、青い空、透明度の高い海は、泳いでいるトロピカルな色の魚達が見え、海の底までが見える。白い砂浜が長く続くビーチ。ビーチの後ろには白い壁がまぶしく、熱帯の植物に囲まれた庭の立派なホテルがある。


 高田はこれまでもいたるところのリゾートに出かけていたが、マハニリゾートというところは初めてだった。確かにポリネシアの方に来ることはそうはないが、名前も聞いたことのないようなこんな立派な観光地があったなんて、とちょっと驚きだった。


 こんな素敵なところ、、妻を連れてきてやりたかった・・。


「素敵なところですね。」


 高田に誰かが声をかけてきた。

 クルーザーの中で高田がパズズに殴りかかろうとしたときに止めてくれた男性だった。


「あっ、さっきはすみませんでした。あなたは・・」

「ああ、どうも・・。私、山崎と申します。1週間、どうぞよろしくお願いします。」


 山崎は高田に握手を求めてきた。高田もそれに答えて彼の手を握り締めた。


「私、リゾートってあまり来たことがないんですよ。泳げなくてね。海が苦手なもんで。でも、ほら、人類未踏の地だって言うじゃないですか。そんな大自然の姿をね、こいつで収めたいと思いましてね。」


 彼はいかにも高級そうな一眼レフカメラを首にぶら下げていた。カメラには大きくて太い望遠レンズがはめられて、重そうだった。


「私の唯一の趣味なんです。機材には金をかけてますけど、センスが悪くてちっともいい写真が撮れない」


 彼の冗談に二人は笑った。


「お一人ですか?」


 高田は山崎に聞いた。


「ええ。ずっと昔に妻子とは別れましてね。それからはずっと一人です。この旅行でちょっとした出会いでもあるかと期待してたんですけどね。ご一緒する皆さんがあんな若い方たちばかりだとは思いませんでしたよ。」


 また二人は笑った。


「最近の若い子は金を持ってるんですね。昨日のユーチューバーなんて年収が億単位だそうですよ。」


「億!?」


 山崎は驚いた。


「分からない商売が流行りますね。しかし、18歳でしたっけ?彼?才能があるのはうらやましいことです。スマホが壊れたって痛くも痒くもないわけだ」


 高田はこの山崎という男性がとても気になっていた。


「山崎さんは、お勤めされてらっしゃるんで?」


 山崎は、ちらっと高田の方を見て答えた。


「私ですか?自営業ですよ。親から継いだ事業をただただ安全運転で経営してます、経営するのに実力もいりませんし、面白くもない仕事ですよ。」

 山崎は空を見上げた。

「見てくださいよ。この大自然・・。この自然に身を任せませんか?お互い、つまらん仕事や振り返りたくもないプライベートのことなど忘れて・・。自然の中では私らの存在なんてちっぽけなもんですし・・。仕事やプライベートなんて話、日本に戻ったら嫌でも思い出さなきゃならんのですから・・。」


 まったくそのとおりだ。高田は思った。私も暗くつらい気持ちをずっと引きずっているが、この山崎という男も、何かしら辛く、悲しい過去や今を引きずっているに違いない。生意気でうるさいジャリどもばかりかと思って、この1週間その連中の相手をしなければならないと思うと気が重かったが、話の合いそうな年頃の人間がいたことにホッとした。






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