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「イカすおねぇちゃんたちです!こっち向いてっ!」


 短髪でひょろとした、痩せ型の若者が、サチとナホにスマホを向けている。

 若者は髪の毛を真っ白に染めているが、センター部分は緑色に染まっている。耳と下唇には丸いピアスが刺さっている。赤色に白地のハイビスカスが一面に描かれたアロハシャツを着ていて、ひざの辺りに穴の開いたパンツを履いている。


「呪いの島に向かういけにえの美女図鑑!飲んで!飲んで!!」


 サチもナホも、「イェ~ッイ!」とはしゃぎながら、スマホに向かって酒を飲んでいる。二人とも結構飲んで酔っているのだ。スマホに向かって唇を突き出したり、サチに至っては胸を前に突き出したりして、ブラブラさせている。


 若者はスマホのカメラを自分の方に向けて、自撮りをはじめた。


「原住民に恐れられた呪いの島!さぁ、その島にこれから向かういけにえ女子!今はがっぽり飲んでアルコールを体に染みわたらせてちょ~だい!怒れる呪いの島の鬼神にいけにえとしてあんたちを差し出すよ!鬼神があんた達の肉を食らって、肉に回った酒に鬼神が酔っ払って居眠りこいたら、俺達は、逃げ出すぅぅ」


 また若者はスマホをサチとナホに向ける。

 と、サチとナホの真ん中に、先ほどまでいなかった背の高い女が、その鋭い眼光をカメラに向けてたっていた。涼香だ。


「おっとぅ!だれぇ!?」


 半分ずっこけながらも動画を撮る若者。涼香は自分の方に向けられているスマホを手で遮る。


「誰の許可もらって撮影してんだよ!」声の強さ、空気がビリビリ響いてる。


 若者はスマホを自分に向け再び自撮りをはじめた。


「おっと!?謎の女が現れた!その鋭い眼光、勇士!これは我々を鬼神から守ってくれるジャンヌダルクの誕生かぁ!!」


 若者の頭をはたく涼香。

 いきなりはたかれびっくりする若者は、スマホを止めて涼香に向き直る。


「何すんっすかぁ・・。親父にもぶたれたことないのにぃぃ!うっそぉぉん!」

「うるせぇやつだなぁ・・。何だよ!お前!」

「おれっすかぁ。知らないんですかぁ?心霊体験型検証ユーチューバー、パズズ神父って言います!よろ~!」


 涼香に握手を求め、手を出すパズズ。しかし、涼香はその手をピシャリとはたいた。

 ところが、サチは彼の名前を聞くと興奮したようにパズズの腕を取った。


「まじでパズズ!?まじぃぃ!やば~いっ!私見てるよ!大好きぃぃ!!こんなとこで会えるなんてうれしぃぃ!!」


 そのたわわな胸をパズズの腕にこすりつけて喜ぶサチ。そのテンションに涼香はひいていたが、彼女の反応に意外にもパズズ本人もちょっとびっくりしていた。


「みっ、観てくれるんですかぁっ!嬉しい!ありがとっ。あのっ、あのっ、ちょっ、おっぱいが・・」


 パズズは顔を赤らめ、照れているようだった。そして急に股間を押さえ始める。その姿を見た涼香は思わず笑ってしまった。


「お前、いったいいくつだよ。オバケおたくのチェリーボーイか?」


 パズズはサチに絡められた腕をはずすと、一呼吸置いた。


「私の年齢は2018歳。大気の悪魔の大王である。チェリーボーイとは失礼なやつめ!」


「2018歳って、お前。18歳かよ!いいのかよ!未成年がこんな旅行に出て!」


「18歳は日本じゃもう成人だろ!バカにすんな!」


 パズズが我を忘れて、芝居じみた声から急に少年の声に戻って反論する。


「悪魔が急に日本人になったよ。」


 涼香がケラケラ笑った。


 パズズはバカにされたのを無視してスマホをまた録画モードにすると、カメラを別の方向に向け、その場からそそくさと去りだした。


「さぁ、ほかにも呪いの島に向かおうとしている命知らずがいるよ!」


 パズズはそのスマホを高田に向けだした。すると、彼は何か気づくと、自分にスマホを向けなおし、少し小声で自撮りし始めた。


「ひょっとして、あれって、ゲス不倫のお医者さんじゃない??こりゃちょっとびっくり!」


 そしてスマホを高田に向けなおすと、いきなりインタビューをはじめようと高田に近づいた。


「なんと皆さん!今話題のゲス不倫お医者様がこんなところに!!鬼神へのみそぎの旅でしょうか!こんちわ!こんちわ!!」


 パズズはぐっと高田に近づく。

 高田は唇をかみ締めていたが、怒りを抑えきれなくなったのかパズズの襟首を突然、ぐっとつかみ出した。

 パズズは急の出来事に驚き、スマホを手から離してしまった。床に転がるスマホ。パキッとスマホは鈍い音を立てた。

 高田は右手のこぶしを握り締め、いよいよもってパズズの頬めがけて殴りかかろうと高々と腕を上げた。パズズは”暴力反対!暴力反対!!”と、甲高い声でおびえながら叫ぶ。周りにいた人々も大騒ぎを始めたが、高田のそばにいるのは女子ばかりで、高田を止めることはできそうにない。

 そのとき、誰かが、高田が振り上げた右腕をぐっと捕まえて彼を抑えた。


 高田がハッと我にかえり、自分の止められた腕の方を見た。

 高田を止めたのは男性だった。年のころは40代後半から50代前半くらい。高田より少し年下くらいの男性だ。


「アホにまじめに付き合うだけバカみたいですよ。」


 と高田に言うと、つかんでいた高田の腕を離した。高田は力なく、振り上げた腕を下ろし、パズズの襟首からも手をはずした。

 その男性は、床に落ちたパズズのスマホを拾い上げると、パズズに渡した。パズズは無言のまま、男性に会釈した。


「画面が、割れてるみたいだ。」


 男性はパズズに言った。


「大丈夫っす。スマホいっぱい持ってるんで。」


 男性は苦笑いしながら、パズズの肩をポンポンとたたいた。


「そうなんだ。まぁ、はしゃぎすぎんな。」


 そう言うと、男性はそのままその船室から去っていった。

 涼香は男性の去る方向をずっと見た。少し、心がときめいている自分に気づくと、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 高田はパズズの方に近寄っていった。

 また殴られるのでは!?と、パズズはぞっと身構えた。


「スマホ、壊しちゃったらしいね。弁償するよ。」


 高田はスーツのポケットから財布を出すと数万円を握り締め取り出した。

 その財布のパンパンと膨れ上がったさまに、遠めにその様子を見ていたシンゴとレイは釘付けになっていた。レイはゴクリっ、と唾を飲み込んでいた。


「いえっ。結構っす。スマホいっぱい持ってきてるし。金も捨てるほどあるんで」


 パズズは高田からの弁償の申し出を断った。

 18歳の若者が金を捨てるほど持ってるなんて・・。周囲の人間はみんな唖然とした。


「そっ、そうかい。」


 高田は金を財布にしまった。


「あ~っ!テンション下がったなぁ!!」


 そういうとパズズは自分の席に戻っていった。


「彼、人気ユーチューバーだからね。年収何千万とか億とか行ってるかもよ!」


 サチのその言葉に、その場の全員が唖然とした。


「億・・??」


 涼香は特に唖然とした。



「チッ!」


 シンゴは舌打ちして、また目を閉じて横になった。



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