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「ちょっと、いいですか?」
また妻のことを考えそうになっていた高田は、いきなり声をかけられびくっとした。妻のことを思い出すと、そのたび、まぶたに涙がたまり始める。いきなり声をかけられびっくりした拍子に、たまった涙が一筋、頬をとおった。それを人に
「失礼ですが、高田さんですか?お医者様の・・」
高田は声の主のほうへ顔をあげた。
声の主は女性だった。30代前半くらいの、聡明な雰囲気の女性だ。
スレンダーな体にぴったりと張り付いたベージュのスーツをしっかりと身につけている。
この女性とは初対面、のはずだ。もしかすると過去に、自分の患者だったことがある女性なのかもしれないが、はっきりとした覚えはなかった。
「そうですが、どちらかでお目にかかったことがありましたっけ?」
「いえ、テレビで拝見したことが。お会いできて嬉しいです。」
なんだ、やっぱりか・・・・
高田は相手に露骨に伝わるような、迷惑そうな表情を浮かべた。過去に何度が、美容整形外科医としてのコメントを求められたり、美容系ワイドショーでコメンテーターとして出演したことはある。しかし、彼女がテレビで見た私というのは、きっとここ数ヶ月の不倫報道での私に違いない。
「すみません、プライベートな旅行なので・・」
高田は女性との会話を断ろうとした。
「あっ、すみません。お気に障ったようでしたら許してください。私、こういう者です。」
高田の前に名詞を差し出す女性。
女性の名は鈴木
高田は、ライターという言葉を見て一度受け取った名刺をそのまま彼女へつき返した。
「さっきも言ったように、プライベートの旅行だ。君らはどこまで人の神経を逆なでするんだね。」
できるだけ語気を強めないように感情を抑えながら、彼女にそう告げた。
鈴木は困惑した。なぜ彼はいきなり自分を恫喝したのか・・。
ハッと彼女は気がついた。彼の誤解を早く解かなければならない。
「違うんです。私も半分プライベートのようなもので・・。今回、華信旅行社からの依頼で、このツアーの記事を書いてほしいと頼まれて・・。それで、つい、その、有名人の貴方を見たものですから、つい嬉しくてお声を・・」
高田は、このミーハー気分のライターの言い訳を聞いて、次第にいらいら気分を強めていった。その思いは傍から彼の表情を見れば明らかだった。気まずい印象をもちながらも鈴木は言葉を続ける。
「私、美容系の雑誌に記事を投稿しているライターなんです。ヨガとか、エステとか、そっち系の・・。先生とは女性の美に対するアプローチの仕方は違いますが、先生のお考えには以前から興味を持っておりまして・・。お会いしてお話を伺うことはないだろうと思っていましたが、こんな偶然にお会いできるなんて・・」
高田は、このライターが、不倫ネタを追っているゴシップライターでないことは多少理解した。しかし、今は仕事の話すらしたくない。
高田は無言のまま席を立ち上がり鈴木の前を通り過ぎた。
鈴木はため息をつきながら自分を責めた。
またやっちゃったよ・・。
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