座敷少女5
どこからともなく出した材料でシェル先生の手によって作られたクレープはとっても美味しい。
厚めの生地はバターの風味が芳醇で、ゆるく泡立てられた生クリームとイチゴジャムというシンプルな具でも、かなり豪華な味わい。
ちょっと回復。
「先生は料理できるのね」
傍でうだうだ言いながら見ていたが、手際も非常にスムーズだった。
「料理はさほど。お菓子なら妻や子どもたちとたまに作ります」
答えると、もっもっもっもっと食べ始めた。
ほんのり幸せそうだ。イチゴが好物って言ってたもんね。
あたしものんびりとクレープを食べる。
クレープを食べ終えると、先生が口を開いた。
「あなたは座敷童についてどれくらい知っているのでしょうか」
「……口減らし」
自分の子どもを殺すこと。
「それで死んじゃった子どもを……守り神に、みたいな」
「一般論ですね」
「でも……やっぱり納得いかない。どんなに貧しくても自分の子どもでしょ? なのに殺すなんて。酷いと思う」
「昔は今のようには食糧供給が安定していませんし、生まれてしまった子を減らすというのは仕方のないことだったのかもしれません」
「……なんか嫌」
「飢えに体が支配されるのは地獄のような生活だそうです」
あたしが生まれるよりずっと前、それこそ大昔は、飢饉が起きたり大災害が起きたりすれば人が簡単に追い詰められてしまうような時代だった。
今は技術が発展して食糧供給や復興も速くなったから、幸せな時代。
「極限状況にあっては視野は狭まるばかりです。平時であれば様々な手段を模索する気力もあるのに」
極限状況。
比べてしまえば段違いだけど、白頭巾に怯えていたあたしもそうだったのかもしれない。恐怖におびえていなかったら、コウと一緒に外で遊んだりもしたかも。
「少しの罪悪感、わずかばかりの畏敬と憐憫で、子どもを守り神として祀った。これが座敷童の“物語”の原型にして由来の定説ですね」
「……」
「人を殺して平然と生きられるものは、何であろうと人間から外れています。畑を耕したり縫物をしたりしていて、疲れた時にふと思い出すこともあったでしょう」
「……家の中にいる子どもを見たり?」
「幻覚だったかもしれませんが」
切ない。
あたしも下手をすればそうなのかもしれない。
学校ではいないようなもんだし……
「あなたはここにいます。スペル代表として保証しましょう」
「…………」
よくわかんない感情のまま、涙が流れた。
理屈もわからないけれど、この人は言葉一つであたしをこの世に繋ぎ止めている。規模の違う魔法使い。
「……あはは……スペル代表ってなに?」
「アーカイブの代表という意味です。アーカイブを扱う幅が最も広い存在に与えられます」
「そりゃ凄いわね」
「存在の保証は他にも種族特性や俺の性質込みですが……まあ別にそれはどうでもいいですね」
あっさりと話を切り、先生が適当に拍手する。
「ということで。元が人であったものが妖怪あるいは神となったという点において、あなたはその条件を満たしています」
『おめでとうございます』と言われたが、完璧な無表情なので真意が読めない。
「座敷童って神様なの?」
「神の定義次第です。生活や自然と密着するような多神教の文化圏では、“神”の称号を得るのは意外と容易いんですよ」
また首を傾げる。これなんなんだろ?
「先ほどの口減らしとは違いますが、日本には川の水神や滝の龍神に嫁ぐ話などありまして」
「演劇で見たことある」
あたしの個人的な趣味は演劇鑑賞。
もちろん、チケットを買って見に行くようなことはできない。でも、小さいころにおばあちゃんに連れて行ってもらった舞台を見て以来、ファンの女優が居るし、あれこれ好きな劇もある。
「ほう。……後でそういった話もするとして」
「うん」
「最初は『生贄として川に沈められた娘』だったものが、最終的には『自ら水神の花嫁となって川を鎮めた』とまで美化されていくんです」
「どうしてこう、利己的な感じで美談にしちゃうのかなあ……」
「物語は口伝ですから、語り手聞き手によって内容が変遷するのは他の国でも珍しくはありません。怪物と刺し違えた英雄も元はそうだったかもという話です」
「……で、美化されたら神様になるってこと?」
「まとめてしまうとそうなります」
自分が神様かどうかとなれば、微妙なラインだ。
「神への嫁入りや英雄の昇華はともかく。神になるハードルが低いものでは、神としての能力もささやかです」
安心した。
「座敷童は家に幸せをもたらす神という定義ですね。きちんとお祀りしなければ居なくなってしまう、または家に害をもたらす」
「え、害もたらす子っているの⁉」
精々、没落する家から居なくなってしまうくらいだと思っていた。それも十分に嫌なものかもだけど、家に居るうちから害を為す子が居るなんて。
「座敷童は格好や性別で伝承に違いがあるんです。……しかしながら、座敷童に頼らなければ家の維持が出来ない家など潰れてしかるべきですよね」
「手厳しいわね……」
「侮れないことに、これも争点になっていまして」
「争点」
「はい。座敷童は海外の魔術界隈でも研究テーマにしている魔法使いが居るくらい熱狂的なファンが付いた魔するものです。熱狂具合が笑えません」
「…………」
つくづく、シェル先生と会えてよかったと実感する。
「『座敷童は家の趨勢がわかっていて、居なくなることで家人に危機を知らせている』、『座敷童は去るときにその家の幸運を持って行ってしまう』などの説が」
当事者置いてけぼりで進む議論がこんなにも不愉快なものだとは……
「あなたが数日離れてもこの家は没落していないようなので、おそらくは座敷童自身が家を自分の居場所だと認識しているかどうかが肝要なのでしょう」
「かも」
きっと、東京の大学に行ってしまっても、あたしにとって帰る場所はここだ。
おばあちゃんが待つこのアパートがあたしの家。
「詳しい文献を所蔵しておりますので、言ってくれれば貸し出しますよ」
「調べようと思ったんだけど……怖くて」
なろうと思ったから、真似るために性質や由来はたくさん調べたんだけど……細かな特徴はあまり探さなかった。
あたしが居心地悪く呟くと、先生が淡く笑う。
「向き合いなさい」
「……頑張る」
「応援しております」
気づけば、時計は14時を回っていた。
「お昼ごはんはクレープね……」
「足りないのならほかに用意しますが」
「だいじょうぶ」
3枚も食べたからお腹いっぱいで幸せ。
先生は、あたしが興味本位で貸したパソコンでフリーゲームをしていた。ロシアンルーレットを題材にしたゲーム。
『あなたはマフィアの一員。仕事でヘマをした下っ端のあなたは、「どっちが生き残るか勝負して決めろ」と言われて、もう一人のヘマした下っ端と戦う』
――だとかいう物騒かつ適当な設定のゲーム。
「先生、楽しい?」
「はい。とても」
「そう……」
ところでこの人、ずっと相手を撃ち殺そうとしているんだけど頭おかしいのかしら?
ロシアンルーレットというだけあって、相手とかわりばんこで自分のこめかみに銃を当て、死んだ方が負けというシンプルなルール。
だというのに、シェル先生は自分の番の時に向かいの椅子に座る相手を撃ち殺そうとして、毎回時間切れでゲームオーバーを喰らっていた。
「……何してるの?」
「殺そうと思っています」
「それは見ればわかるんだけどそうじゃないの……」
すでに50回以上ゲームーオーバーしている。
つまりこれは、彼が銃殺を模索していたという記録な訳で……背筋が寒くなる。
一切表情が変わっていないのも怖い。ゲームをしているなら驚いたり笑ったり苛立ったりしてほしい。作業のように様々な殺し方を試しては失敗するせいで、死んでいくキャラが可哀そうに見えてきた。
「どこを目指してるのかわからないの」
シンプルながらクオリティが高く、30秒という短い時間とリアルなスリルで人気があるこのゲームでは過去様々な人が『敵の射殺』を試した。
成功者は居ない。自分以外――相手・床・壁・家具――に撃とうとするとバツマークが出て、引き金のボタンを押しても反応しなくなるから。
「このロシアンルーレットとやら、銃を持った方が選択権を握っていますよね」
マウスのホイールまたはキーボードに割り当てられたボタンで操作し、銃のシリンダーを回す。そして、エンターを押して打つ。
「本来、銃を持った人間に与えられるべきなのは、シリンダーを回すことではありません。相手をどうやって殺すかの優先権です」
「ルール説明読んだ?」
日本語ワカル?
「はい。しかし、この設定では、たとえゲームで生き残ろうと主人公が組織に殺されるのは必然。となれば――残る選択肢は『時間内で相手より長く生存する』ことしかありません」
絶句するほかない斬新な方法。彼は『相手に向かって撃ってみよう』なる好奇心ではなく、『相手に勝つ』という確固たる決意でもってゲームに挑んでいる。
ある意味衝撃だった。
「たとえ連続で2人とも成功し続けようと、最後に自分が死んでしまったら相手の方が生存時間が長いですよね? 我慢なりません。意地でも相手より長く生き残るべきです」
つまり、『相手を殺してしまえば相手の生存時間はそこで止まり、自分の生存時間はそれより長いことが確約される』ということが言いたいらしい。
彼は上げ足を取るのでさえなくそう考えている。
「……数学の問題じゃないんだから……」
いや、数学でさえないかも。
『問題:AくんBくんがお菓子を分けます。あなたがAくんだったらどうしますか?
答え:その場でBくんを殺してお菓子を総取りします』
みたいな。『確かに効率的だが倫理的にすべきではない』結論を導き出し、実行する子どもみたいな。
それを冗談でなく、本気で考えて口に出しているといううすら寒さ。
「がんばります」
「がんばらなくていいよ……?」
おそるおそる言うも、ゲームオーバーの音は響き続ける。
アホらしくなって数えるのをやめたころ、ふと、ルピネさんが家具を譲ってくれるという話をしていたのを思い出して先生に話しかける。
「ねえ、いまだいじょうぶ?」
「ゲームに支障はありません。家具は俺が持ってきましたので、このゲームで勝ったら出しますよ。ほかに何かありますか?」
『もう思いつかないのですが』と呟く。
「…………。せんせい?」
キーを押す音とゲームオーバー音が響く中、相変わらず淡々と言う。
「今日はルピネに用事があったので、俺が運搬を引き受けました。ローザライマの名を使う以上は俺が出るべきですし、きちんと説明もしたかったので」
「先生、空気読めないって言われない?」
「毎日のように言われています」
「……だよね……」
「勝ちました」
「嘘っ⁉」
「やはり俺の考えは正しかったのです」
「頭はおかしいけどね!」
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