From Code-lady to X-boy ―ウラバナシ

ウラバナシ1

 僕は翰川緋叛かんかわひぞれ。東京の外れの方にある寛光大学という場所で、数理学部物理学科の教授をさせて頂いている。

 本日は講演の依頼を受けて、北海道は札幌にやって来た。

 講演の準備やら、大学の方の後処理やらをしていたから、朝に東京から長距離転移してきて直行だった。

 実験室の扉を吹っ飛ばしたのはわざとではなく純粋なる事故だったが、責任を取って『後期始まるまで出禁ね』という学部長からの沙汰を受け入れた。

 すごくおこられた……

 そんなこんなで、あんまり準備が出来なかったのが不安ではあったが、主催者側にも観衆のみなさんにも喜んでもらえたので良かった。


「ということで! 頑張ったので、何か美味しいご当地スイーツはないだろうか? 良い場所を教えてほしいっ」

 『暑いのでアイスだとなお嬉しい』と付け加えて伝えると、電話の向こうの札幌在住の友人:リーネアが呆れた声を出す。

『何が「ということで」なのかわかんねえよ……だいたい、今何時だと思ってんだ』

「夜8:30だな」

 講演が終わった後に、ビジネスホテルのチェックインや夕食を済ませていたらこんな時間になった。

『この時間に土産物の店開いてると思うか?』

「むう。……その……地域独自のものが、スーパーとかにないだろうかと」

『……スーパーくらいの要求でいいんだな』

「うん」

 彼は少し考えこんでから、僕のリクエストに応えてくれた。

『こっちの区のあたりにタケダっていうとこがあって……そこはオリジナルのアイス作ってる』

「!」

『そこそこ美味い』

 リーネアは父方から受け継いだ種族特性のおかげで、かなりの乳製品好きだ。

 その彼がおすすめするのならば、きっと美味しいはず!

『でも、地元の奴らが買ってくから売り切れやすいんだよな……』

「おお。なら急がなければな」

『は? 何、今から行くつもりなの?』

「もちろんだ」

 思い立ったが吉日。

「シェルも『あなたは自分の直感を信じなさい』と言ってくれたぞ」

『違う場面で言われたセリフだろ。状況が変われば意味も変わってくるに決まってんだから曲解するな』

 どことなく歯切れの悪いリーネアと話し込んでいると、タクシーが到着してしまった。

『や、もう売り切れてんじゃ……』

「すまない、タクシーが来た。またあとで!」

『ちょ、待っ――』

 性急にして申し訳ないが、タクシーを待たせるわけにはいかない。

 早速、リーネアが教えてくれたスーパーの住所をネットで検索し、運転手さんに行き先を告げた。



  ――*――

「切られたか」

 画面は通話切れ。

 さっき、あいつの講演をテレビで見た。

 録画かつ軽く編集された映像だったが、人気製品を連発する有名教授なだけあって人の入りもよく、内容もいいものだった。

 いや、感想は後で直に伝えればいい。

 講演の始まりは昼頃からで、終わりは今日の夕方だったという。


 まさか、東京からほぼ直行か?

 ……やりかねない。


「何でこう、俺の友達は話を聞かないんだ……」

 メールは入れてみるが、何かに夢中になった時のひぞれの視界はひどく狭い。

 どうせ見ないだろうなとは思ったが、きちんとメールを作成する。



  ――*――

 ひぞれは講演依頼を果たしたようだった。

 インターネットでの生中継が入っていたのでそれを見ていた。テレビの方では夜ごろにちょっとした特集が入るらしい。

「ひーちゃん、今回もお見事でしたね」

 共に見ていた娘のノクトが小さく拍手している。

「そうですね。構成もわかりやすいものでした。愛良あいらの添削だと思います」

「玄武が気になっているという女性……お会いする機会はあるでしょうか」

「愛良も忙しいですから……あなたがタイミングを合わせる方がいいでしょうね」

「わかりました。寛光の方に打診してみます」

 人材不足に喘ぐ寛光に連絡したときには、特別授業だとかを逆に依頼されるような気もする。俺の娘なのは見ればわかるから気安い。

 まあ、言わないでもいいか。

 漁火愛良は、寛光大学の論文という論文の検閲を一手に引き受ける文章の天才だ。大学名を背負って講演をするようなときも原稿を確認する。

 話が脱線しやすいひぞれのために、内容をかなり絞ったと思われる。

 完全記憶のひぞれを基準に脱線しては聴衆が困る。

「愛良さんが監修なのですね。ひーちゃんも賢い方ですから、よく話し合って原稿を練られたのでしょう」

 確かに、ひぞれの聡明さと才覚がにじみ出て見えるような良い講演だったと思う。俺は講演の専門家ではないので、正式な評価方法などわからないが。

 前日に実験室の扉を吹っ飛ばしていたのと同一人物だとは思えない。



  ――*――

 タクシーの運転手さんには、夜遅くに送っていただいた感謝を込めて、多めにお金を渡してきた。

 さて、スーパータケダに到着だ!

 なかなか大きめのスーパーで、食料品以外に雑誌や日用品も揃っている。

「☆」

 閉店間際の夜9時ということもあり、僕以外にお客さんもいない。

 見かけたリンゴジュースと雑誌をカゴに入れる。

 冷蔵・冷凍用の機械は動作が特徴的だ。電子の動きを感じ取れるコード持ちの僕には位置がわかりやすい。

 アイス売り場を最終目的地に定め、あちこち歩き回る。

 めぼしい惣菜やパンは売れてしまっている。それもそうか。

「~☆……」

 ついにアイス売り場に到着だ。

「‼」

 なんとアイスが残っている。

 しかもパフェ型の豪華な一品!

 これは手に入れねばと、アイスのケースの両開きスライド式扉に手をかける。

 かけたところで、もう片側に手がかかったのが見えた。

「「え」」

 隣を見れば、高校生程度と思われる年若い少年が居た。

 認識を追いかけるように、電子機器の気配がする。

 おかしい。

 同じ空間に居れば気付いたはずだ。

 その証拠に、店内を最終点検していた女性店員のものと思しきスマホの気配は、きちんとバックヤードの扉の向こうにある。


 この少年はなんだ?


 電子機器を探知できるということは、つまりはほぼすべての人の接近を感知できるということ。この現代において電子機器を持たず移動する人などまずいない。

 それはシェルやリーネアのような異種族でも除外されない。

 スマホにタブレット端末、音楽プレーヤー。このどれをも持っていない人間はまずいない。だから、僕は。

 今までどのような状況で誰を探知できなかったかを思い出していく。

 その原因が場所によるものか、当人によるものかを振り分けて――

 ああ、楽しい。未知に直面することはいつだって面白い‼ 頭が沸騰しそうなほど興奮したのは久しぶりだ。なんて不思議で面白い少年なんだろう!

 僕の演算はたった一瞬で終わるが、連続で“潜る”のは難しい。一度“浮上”したら、あとはもう現実だ。

 敬愛する友人である愛良は、今回の講演前に僕に言った。

 『すべきことを考えて為せ。お前は頭の働きのせいで脇道に逸れ過ぎだ』と。

 ここですべきことは何か?

 ――まずはアイスを手に入れよう。


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