座敷少女2
あたしは藍沢佳奈子。
……”藍沢佳奈子”という女の子の後釜に勝手に入り込んだ幽霊。
「佳奈子ちゃん、今日はシチューよ」
「ありがと。おばあちゃん」
心を壊した”佳奈子”の祖母は、あたしを”佳奈子”だと思い込んで接している。
本物はとっくに居なくなっているのに、いまのあたしを頭から信じていることが滑稽で、憐れみを誘う。
彼女はかいがいしくあたしの世話を焼き、美味しい料理を振る舞ってくれる。
あたしは彼女を利用して、今日も白頭巾から逃げ延びるのみだ。
「美味しい?」
「うん。美味しいよ」
おばあちゃんの認識に乗っかって、あたしは自分の外見を幼い子どものものにした。
初めの見た目は2歳くらい。今は順当に4歳にまで成長している。
頑張ったらできた。あたし凄い。
だからだいじょうぶ。だから気づかれたりしない――
”佳奈子”の4歳の誕生日が通りすぎた春。あたしは、”佳奈子”と同年代の男の子と引き合わされた。
「こんにちは、佳奈子ちゃん」
彼の母親だという女性の後ろに隠れている男の子は、好奇心の強そうな大きな目をこちらに向けて、しかし恥ずかしそうに顔を赤くしている。
いまのあたしは5歳の女の子。そしてこいつよりお姉さん。
お姉さんらしく挨拶するとしよう。
「……こんにちは」
「森山っていいます。佳奈子ちゃんちのお隣に引っ越してきたの。……ほら、コウ。挨拶しなさい」
「ん……な、なんかちっちゃい子が居る」
ぶん殴るぞこのクソガキめ。
あたしは確かに平均より背が小さいけど、あんたおんなじくらいじゃない!
「ちっちゃい子じゃなくて、佳奈子ちゃん! ほらほら出なさい」
母親に押し出されて、コウが挨拶する。
「……もりやま、こうたです。初めまして、佳奈子ちゃん」
「初めまして」
「佳奈子ちゃんっ、佳奈子ちゃん!」
コウはなぜかあたしにまとわりつくようになった。
「……あんたうっとうしいわね」
「うっとーしー?」
「あーもうやだ……」
なんで子どもってこうなのかしら。
今の自分がそうだから仕方ないけど……幼稚園も保育園も通ってなくてよかった。精神年齢が事実高いあたしには地獄だわ。
「あんた幼稚園行かないの?」
「よーちえん、行ってない」
「……そ」
「佳奈子ちゃん、遊ぼ! こーえん行こう!」
「嫌よ」
白頭巾がいつ出てくるかわかったもんじゃない。
「楽しいよ?」
「あたしは楽しくない」
「……じゃあうちでゲームやろ」
「はあ?」
「楽しいから。絶対楽しいから! 今回だけだから!」
このお子様は。大人なあたしがゲームに真剣になるとでも思っているの?
まあ、これもご近所づきあいの一環。……おばあちゃんには心配をかけたくないし、付き合ってあげるわ。
「いや――! また負けたあっ!」
「へっへー。俺の勝ち」
「あんたもっと手加減しなさいよ!」
「えー……佳奈子ちゃんが弱いんじゃ……」
「うっさいわね!」
あたしとコウは小学生になった。
「藍沢、野球行こうぜー」
インドアなあたしを、アウトドアなコウは適当な誘い文句で外に誘う。
「……何で野球? 何で名字?」
「定型文だよ、定型文」
あたしが何度断ってもこいつは誘ってくる。
平日の放課後はクラスメートと活発に遊び、そして、休日にはあたしをゲームに誘ってあたしと遊ぶ。
……登下校中は白頭巾を見ないから、ひょっとしたら大丈夫なのかもしれないとは思うんだけど、やっぱりあんまり外に出たくない。
コウはうってつけの遊び相手だった。
本で見つけた”座敷童”になるためにも、ちょうどいい。利用してやる。
あたしは自分が幽霊になる前の記憶がない。
だから、いくら大人ぶってても、小学校も中学校も……というか学校という施設自体が初めてで。
コウと遊ぶのは楽しくて、一緒におやつを食べれば幸せで。
おばあちゃんには。
おばあちゃん。
体が弱いのに、参観日に来てくれて。コウと大ゲンカした日にずっと慰めてくれて。あたしが高校を受験するってときは、あたしの好物だからってハンバーガーを作ってくれたりして。
おばあちゃん。
騙してごめんなさい。
――*――
夢を見ていた。
顔に涙が残っていて、息苦しいから息をしゃくりあげる。
「……っひく」
ここは、あたしの家。おばあちゃんのアパートの2-1号室。
昔はおばあちゃんもこの部屋に住んでいたのだけれど……持病が悪化してからは階段の上り下りが辛いという理由で、元は倉庫代わりにしていたアパート傍の持ち家に移り住んでいた。
おばあちゃんからは、あたしも持ち家の方に住んではどうかと言ってもらえたけど……おもちゃまみれで写真まみれだったこの部屋を失くしたくなくて、あたしはここにこのまま。
おもちゃと写真は片づけられて、いまは最低限の家具が並ぶ、まあまあ部屋らしい部屋になっていた。
「ん……」
傍にあったティッシュで顔を拭い、ごみ箱に捨てる。
ちょうどそのとき、壁際のカレンダーが見えた。
『おばあちゃんたいいん・あと3日!』
文字が著しく歪んでいるのは大目に見てほしい。あれでも自分なりに頑張って書いたから。
「……よし」
今日はルピネさんから家具やカーペットが届く日。お掃除頑張らなくちゃ。
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