少年は天才と外伝 +.5
金田ミヤキ
Vol. 3.5
Girl on the apartment ― 座敷少女
座敷少女1
「初めまして、佳奈子」
「……初めまして」
初めて見る”かんかわせんせい”は、とてもきれいな人だった。
車椅子に乗った彼女は、海のような青い髪を背中に垂らして、鮮やかなレモン色の瞳で微笑む。
「うん。光太から聞いた通り、小さくて可愛らしい女の子だな」
「ほふぇっ」
あ、あのコウは何を言ってやがるの⁉
「ははは。そして予想通り愛くるしい乙女だ」
「う、ううう……」
なんだか大人の女性の余裕を感じる……
ひとしきり笑ってから、美女がすっくと背筋を伸ばす。
「翰川緋叛だ。これからよろしく」
「……うん。よろしくお願いします」
「ん。僕は光太の家庭教師として、9月いっぱいほどまではこちらに滞在する。今日のほかにも、また会う機会はあると思う」
「9月いっぱい。長いわね」
「大学で実験室の扉を吹き飛ばしてしまってな……後期が始まるまで出禁なんだ」
翰川先生は、ちょっとした悪戯がバレて叱られてしまった子どものような照れ顔をしている。
「…………」
コウから『翰川先生はけっこうぶっ飛んでる』とは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
「まあ、それはともかく」
赤い顔でこほんと咳払い。
恥じらう気持ちがあったようで安心する。
「キミの事情は、光太やルピネ、そしてキミの祖母から聞いている」
「……うん」
あたしは、座敷童に成ろうとした幽霊だ。
現世にとどまりたくて、藍沢ミドリさんとそのお孫さんの思い出にしがみついた卑怯な幽霊。
中途半端な座敷童だから、今でもふと足が透けて幽霊に戻ってしまう。
……コウには言ってなかったけど、あたしは学校に在籍していても在校はしていないようなもの。
『大人数で遊んでいたらひとり増えている』という座敷童の特性を利用して、人数としてだけ認識される希薄な存在になって学校に通っていた。
コウとルピネさんのお陰で少しは落ち着いたけれど、今でもちょっと不安定。
そういった不安定なもろもろを翰川先生が何とかしてくれると言うので、こうしてあたしの家で彼女と話しているという訳だ。
「しかし、キミのお祖母ちゃんはお孫さん思いだな」
おもちゃまみれで足の踏み場もないような部屋を見渡して、綺麗な笑顔のままそんな感想を述べた。
なんだか、虚を突かれる。
「……そうね。ほんとに」
「元の佳奈子も、キミのことも愛している。素晴らしい女性だ」
「…………」
お世辞などでなく本気で言っているとわかってしまうのは、彼女が無邪気に笑うからだ。『どうせ気持ち悪いと思われる』と思っていた自分は打ちのめされたような気分になってしまう。
「ずっとこうしているのもなんだし、話をしよう」
「う、うん」
「僕の神秘分類はコードだ。科学ど真ん中のアーカイブ」
「……知ってるわ。先生のこと調べたもの」
コウがあまりに『翰川先生が、翰川先生は』とうるさいものだから、気になってネットで調べてしまった。
大学教授ならば論文やらの研究成果は出しているだろうし、百科事典ならずとも論文サイトにヒットするだろうと思ったから。
しかし、この人の情報は予想を超えてネットに出てきていた。
名前と所属、自分の種族を明かしている異種族などまずいない。彼女のような特殊な種族であればなおさらそうだ。
偏見の目にさらされることも厭わず、自分のできることをして自分の種族の立場を守る彼女はとても眩しい。
なんだかんだで嫉妬していたあたしは、自分が恥ずかしくなったりもした。
「おや、それは嬉しい」
「嬉しいの?」
「うん。……僕の種族は数が少なくてな。寿命が短い人も多いし、種族として定義すべきか否かが議論されている人も多い」
”人工生命”のページに書かれていた胸糞な文章を思い出す。
「理解の一助となるなら検索してくれて構わないよ」
綺麗ごとなどではなくいつも本気。あまりに純粋であてられてしまう。
「先生凄いね」
「ん……あ、ありがとう……」
耳まで真っ赤になってもじもじし始めた。
……この人可愛いな。
「そ、それはともかくだな!」
ちょっといじってやりたくなるような絶妙な天然具合。恥ずかしいと真っ赤になって瞳を潤ませる純粋メンタル。
さぞかし友人たちに愛されていることだろう。
「知っての通り。僕の持つ神秘はコードだ。スペルが主軸なキミとは真逆だ」
「なんとかできるんじゃなかったの?」
これは嫌味じゃなくて純粋な疑問。
「むう。すべてをなんとかできるのでなくてだな……僕の大きな特徴は、超記憶を持っていることなんだ」
「超記憶……」
一度見て聞いて感じたことは永遠に忘れないという、ある意味では神秘よりもすさまじい能力。これ自体は翰川先生だけの持ち物というわけではなく、他にも『物事を忘れない・極端に忘れにくい』という人は存在する。
ただし――演算能力と合わせて『決してミスをしない柔軟なスーパーコンピュータ』と評される彼女の頭脳は、なかなかに別格。
「普通の人間ならばちょっとした違和感はすぐに流れて忘れてしまうが、僕はどんなに些細なことであろうと忘れない。だから、キミを忘れることは永遠にない。保証する」
「それが何に役立つの?」
「幽霊や妖怪は観測者が居なければ存在が維持できない。完全記憶があれば、その観測者の役目を完璧に果たせるというわけだ」
むんと胸を張る翰川先生。なんか、彼女のファンを名乗るコウの気持ちがちょっとわかったかも……
「キミの存在は保障した。安定させるのは僕の友人がする」
「そのご友人はスペル?」
「当然。とっても賢い天才だから心配することは何もないぞ」
「へえ……」
先生がそういうほどなら、一門の人物なのかな。
少しわくわくする。
「そして、戸籍などの問題に関しては僕に預けてほしい」
「……ハッキングするの?」
「しないよ。自分で言うのもなんだが、僕は話が通じるタイプの異種族でな」
うそでしょ、これで?
喉から出かかったセリフを頑張って飲み込んだ。
「話が通じない異種族ともパイプをつなげられるから、異種族問題の解決にも手出ししている。こういった戸籍が宙ぶらりんな案件は得意分野だぞ」
「翰川先生で『話が通じる』なら、他の人どんだけひどいの?」
彼女も常識がないと思う。
「うーん……人見知りで照屋さんなだけなんだが」
「よくわかんないわねー……」
しばらく翰川先生から戸籍や住基の登録情報などの説明を受け、あたしが書く必要のある書類を何枚か受け取る。
「キミのお祖母ちゃんに書いてもらう必要があるところは付箋を貼ってあるよ。入院なさっていて大変だろうから、3週間以内に書き上げて僕に渡してくれ」
良心的な期限。おばあちゃんの体調がいい時を見計らってお願いしに行けば十分間に合うはず。
「ありがと」
「どういたしまして」
「ふわああぁ……! 紙パック!」
「……」
翰川先生は、あたしが改造した掃除機を見て目を輝かせている。
真面目な話をしていた姿とは打って変わって、無邪気で幼い。
「良いな。神秘で『永遠の紙パック』を実現しようとした日のことを思い出すよ」
「どこを目標にして考えついたの、その狂気」
「うむう……足のリハビリで家のお掃除をしていたんだ。僕の体重を支えてくれるように、掃除機や電動モップを杖にして。しかし、昨今の掃除機と言えばみな判を押したようにサイクロン。僕は紙パックが好きなんだ」
「なんで?」
紙パックは交換する必要があって面倒くさい。
……まあ、面倒くさいとは思いつつ、改造とメンテを繰り返すうちに愛着わいて使ってるあたしが言えたことじゃないかも。
「掃除機の音を小さくしたくて。神秘を使って消音するにはパックと本体の両方に魔法陣を描ける紙パックの方が都合が良かったんだ」
「まあ、そうかもだけど……」
実は、製品に使われた神秘のうち、”魔法”に分類されるものは、そのほとんどが魔法陣として使われている。魔法の神秘は、製品が劣化したときのリスクが科学側の神秘より大きいのだとか。
だから、傷をつけるなどの人為的な劣化の危険がないような場所に魔法陣を描き、寿命が来たら潔く尽きるようにしているらしい。
「そしてあわよくば、パックを交換しなくとも良いものを作ってしまおうと……」
「実現できたの?」
「うん。新たに考えた設計と友人が書いてくれた魔法陣のお陰で、音はさっぱり消えた。その技術はドライヤーに役立てられている」
「! ……やっぱり開発者なんだね、先生」
「もちろん。生まれた技術を役立てるのが僕の仕事だからな」
「でも、なんで過去形?」
さすがの彼女も『永遠の紙パック』は実現できなかったか。
「交換の必要がない段階にまで到達したんだぞ」
「すごい」
翰川先生は少し悲しそうにして、結末を告げた。
「大切に使っていたんだが……ある日、掃除機が塵となって消えた」
「…………………………はい?」
何もかも塵と化したってこと?
「歩行訓練する僕を10年もの間支えてくれた掃除機だ。もはや相棒と言っても間違いはなかった。……泣きに泣いた。今でも、思い出すと泣けてきてしまう」
ぐすんと涙ぐむ先生。
「……塵はどこに?」
「悲しみで泣き叫ぶ僕を見かねて、友人が魔法で残さずかき集めて瓶に入れてくれた。今も持っているよ」
ペンギンモチーフの手提げバッグから、黒灰色の粉末が詰まった小さなジャム瓶が出てくる。
なんか、すごく強烈な思い出の品なのね……
「当時は神秘を工業製品に使うことのデメリットもあまり判明していなくて。あれこれ試行錯誤しながら今の発展があるんだぞ」
「そっか」
「……キミは家電は好きか?」
「…………。好きっていうか……楽しいわ」
古くなった家電を素人仕事で修理したりもする。さすがに内部回路にまでは踏み込めないけど、ちょっとした部品交換ならお手の物だ。
「将来有望だ」
有望って言われるとむずがゆい。
「将来なんて……あたし、考える余裕なかった。消えずにいるので精いっぱい」
それはいまでも同じだ。
仮にも高校3年生にはふさわしくないあたしの答えに、先生は頷き、満面の笑みで冊子を押し付けてくる。
「……?」
『寛光大学入学の手引』。
翰川先生が所属する大学だ。
「え」
「キミにあげよう」
「……」
「我が寛光大学は、学部で垣根がないことで有名でな。内外からは『節操なし』とあだ名されているほどだ」
「そのあだ名で胸張らない方がいいと思うわ」
彼女はツッコミへのスルースキルが高いらしく、めげずに話を続ける。
「数理学部に属していながら文学部の授業を受けられたり、全く関係ない学部からでも工業連中と一緒に研究開発が出来たりする。その分学業は大変になるが、努力をした分だけ報われるのがウチの大学だ。キミにも是非」
「……でも、あたし……学費なんて」
「奨学金制度をぜひ利用してくれ」
迷うあたしに、先生が続けて言う。
「キミはきっと……他の大学では受験が出来ない。受験自体は出来ても、時間内にすべての問題を解くことは難しい」
「……」
このひと。あたしのこと知ってる?
「僕の友人は、秘策があるからキミを受験させられると言った。そうするからには寛光にぜひ来てほしいと言っていた。僕はそれを信じている」
「…………」
こわい。家から離れるのが怖い。
先生が、こわばった手を握るあたしを撫でる。
「視界が広がっていくのは楽しいよ。そうだろう?」
あたしは座敷童。
ついでに、おばあちゃんの跡を継いで、このアパートを経営するかもしれない。
でも――もし本当に、おばあちゃんに負担をかけないでいられるのなら。大学に行ってみたい。
今まで学校を心から安心して楽しめたことはないから、味わってみたい。
コウや京と一緒なら頑張れると思う。
「奨学金。成績取れば返済免除してくれる奴、ある?」
「もちろんだ。努力の成果を直に見せてくれるほど優秀な生徒ならば、使った学費は惜しくない。ぜひ、社会での活躍で還元してくれ」
「!」
「大学とはそういう場所だよ。学生であろうと専門分野で活躍している生徒は山ほどいるさ」
「……。受け取ります」
入学の手引とパンフレットを受け取ると、先生は手を合わせて微笑んだ。
「ありがとう。友人が喜ぶ!」
「……そのお友達のこと、大好きなのね」
「ああ。僕のことをいつも見守ってくれるお兄ちゃんのような人でな……ああ、そうそう。彼からこれを預かっていたんだ」
「まだ何か?」
ご機嫌で『んっ』と言いながら、少し分厚いパンフを差し出してきた。
今度のタイトルは英語だ。……恥ずかしいけど英語苦手で読めない。
「優秀な理系学生のための奨学金制度だ。本文は日本語だから安心したまえ」
「え」
奨学金って、自治体とか大学自身が出してるようなのじゃなかったのか。
「僕の友人がキミを気に入ったようだから。キミに渡してほしいと」
「……なんで?」
自分の見た目をネタにするようで癪だけど、その人ロリコンなの?
「彼は他人の容姿など壁の落書きレベルで興味がないから、気に入るとしたらキミの度胸と理数じゃないかな」
「……」
人の姿に落書き以下の興味しかない人と会わされるのって、なんかすごい不安なんだけど。
翰川先生はあたしの戸惑いに気付かず、満足げに言う。
「では、僕が伝えられることはこれで終わりだ」
「……ありがと」
「どういたしまして」
「たぶん僕の友人が近日訪問すると思うから、そのときは僕からもよろしく伝えてほしい」
「わかった」
「今度ゆっくりお話ししよう。楽しかったよ」
「……はい」
やだ、可愛い。
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