第05話 Wake Up, Comb!
その男は見上げるほどに大きく、腕回りも太ももかと思うほどに筋骨隆々で、この時代の人間とは思えぬほどの体格、まさしく鬼のようであった。
身なりも整っており、腰に携えた剣は普通の人間には振るうことすら難しいような大剣で、絵に描いたような豪傑である。
首周りは襟巻きのような赤い布が巻かれ、顔の上半分は仮面で覆われている。角のような突起物があり、それがより一層鬼のようなイメージを与えるのだろう。
その上に頭部は頭巾で覆われ、表情はほとんど見えない。
だいたいこういうパワー系ってオーガみたいなやつだろ。それがなんで影のある精神刻んできそうなイケメンみたいな雰囲気醸してるんだ。ズルい。
「上半分だけ鬼の仮面って、どっかのゲームの記憶喪失の主人公みたいッス」
「うーん、残念な聖上のことかな」
確かに似ている。
「続編で盲目の美少女と子作りしたと聞いてドン引きしたッス。この鬼畜仮面が! って罵声を浴びせたいくらいッス」
「ネタバレと仮面の人の好感度を下げるような発言は控えようね」
別に襲いかかったとかそういうんじゃないから。
「俺の名はスサノオ。訳あって高天原から地上にやってきた。あんたらの話を聞くところ、何やらお困りだね?」
わたし達のやり取りなど気にも留めず、スサノオは老夫婦に話しかける。
「おお、その通りですぞ! ヤマタノオロチという化物に襲われて、もう村はお終いですぞ。どうか、お助けくださいませ! 村を救っていただけたら、望みは何でも叶えますぞ!」
「今なんでもって言ったッス」
申し訳ないが老体と神様の融合はノーサンキュー。
「ほほう、そうかい。それじゃあ……ん、あんたらは何だ。村人かい」
スサノオがようやくこちらに気付いたといった様子で見下ろす。
いくらデカイからってそこまで気付かないか。
みーさーげてーごらんー。
「ヤマタノオロチを退治するなら手伝うッス!」
「そう、かい。ふむ、まあ、なんだ。化け物退治くらい朝飯前さ。詳しいことは村に行ってから聞くとしよう」
「本当ですか! おお、ありがたやありがたや」
「婆さんや、これでクシナダも村も安泰ですぞ!」
アシナヅチとテナヅチは互いに手を取り合って喜んだ。
三人に連れられて、わたし達とスサノオはヤマタノオロチに襲われているという村まで向かうことにした。
「アシナヅチとかいうお爺さん、見た目はガチャピンなのに口調はムックでややこしいッス」
それは暗にお爺さんは出っ歯だと言いたいんだな。
ひとりポンキッキ。
そう言えば緑の方は悪い子は食べてしまうとかいう都市伝説があったな。
都市伝説というか、そんな歌を歌っていたって話だけど。
もし事実なら、あの緑の方が鬼の所業ですぞ。ですぞ。
その村は改めて見ると異様な光景であった。
簡素な木組みの家々がチラホラと建てられているがその木材は新しく、湿り気を含んだ土の重みに耐えかねて潰れた跡も見受けられる。
あちこちに水が流れていたであろう溝が空いている。平らな地面はほとんどなく、ボコボコと段差があり歩きにくい。
その村の中心部には円形の木組みの台が置かれていた。一瞬相撲で使う土俵かと思ったが、こんなものに体を打ちつけていては危険だし、わざわざ木で作る意味もない。どちらにしても、洪水で流されてしまうだろうし。
そして、その台の周りには村人が総出で待ち構えていた。
こちらを一斉に見る様子は恐怖すら覚えた。
一瞬たじろいだが、先陣を切るようにクシナダがその集団に向かって駆け出していく。
「みんな~、お待たせ~っ!!」
「「「うおおおぉぉぉーーー!!!」」」
……ん?
なんだこれ。
みんなサイリウムを掲げながら歓喜と興奮に包まれている。
いやいや、サイリウムとかこの時代に存在しないから。
台に上ったクシナダが決めポーズを取ると歓声が上がり、周囲は彼女に熱狂していた。
「…………」
何から突っ込んで良いのかわからない。
とりあえず、彼女はアイドルなのかな? かな?
「驚くのも無理はないですぞ。儂らには8人の娘がおりまして、この村で起こる洪水を鎮めるために歌と踊りを奉納しようとアイドルプロデュースを行ったのが始まりなのですぞ」
アメノウズメが踊りによってアマテラスを岩戸から引きずり出した話もあるし、まあ神様に歌や踊りを捧げるってのは百歩譲って良しとしよう。
「洪水を堰き止めるためであり、また砂利のように小粒で可愛い娘たちなので『堰ジャリ8』と名付けましたぞ」
おっとこれはマズイ。
ギリギリのラインを攻め過ぎだ。
「そんな感じで8人体制で始めたアイドルグループでしたが、次々と悲劇が起こったのですぞ。下の娘が酒を飲んでしまい、酔っ払ってヤマタノオロチを怒らせてしまい生贄に、もう一人はこんな村にはいられないと飛び出していったところをオロチに見つかってしまい生贄に。しまいには歌と踊りで怒りを鎮めるなんて馬鹿げているとオロチを説得に向かった二人もまた生贄に。そうやって次々と人は減っていき、気付けばクシナダ一人だけに……」
「アイドルグループに脱退は付き物ッスね」
「最後にはソロデビューか……」
まるで未来を暗示しているかのようだ。どこの何とは言わないけど。ギリギリアウトだし。
「仕方がないので今度はKNH48というアイドルグループを作ろうかと思っておりますぞ。そこのお嬢さん、もし良かったら新規加入するのはいかがですぞ」
「え? マナちゃんがアイドルッスか?」
「うむ、君なら村で2、3番目どころかトップを狙える逸材ですぞ。一緒にビレッジアイドルプロジェクトを始めるであります!」
「ええ~、そんなぁ~、困っちゃうッス~」
ちょっと、ウチの娘を勝手に誘わないで。
マナちゃんもちょっと乗り気になってるんじゃない。
丁重にお断りした。
その後、クシナダヒメのソロデビューライブは日が暮れるまで続いたという。
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