第06話 鉄棒チャーム

 翌日、空が明るくなる頃に再び村は色めき出す。

「狩りと採集ッスね。猪ッスか、鹿ッスか、蝶々ッスか!?」

「花札じゃないんだから」

「若い男達は狩りへ出かけるもの、田畑を耕すものに分かれ、女は村の中で木の実を湯がいたり、動物の毛皮で衣服を作ったり……この時期は稲が実を付ける頃合いなので、その手伝いに行くものもおりますぞ」

 アシナヅチ夫婦の家でスサノオと共に眠りにつき、次の日に改めてヤマタノオロチについて聞くことになっていた。


「さて、まず報酬の話からしようか。クシナダヒメといったな、この娘は美しい。小野小町に引けを取らぬ。娘をいただこうか」

「え~、そんなぁ~、私はみんなのアイドルだからぁ、誰か一人だけのものにはなりたくないっていうかぁ~」

 照れながらぶりっ子全開でなんともアイドルらしい断りの定型句。

 しかしスサノオは本気だ。

「それが出来なければこの話は決裂だ」

「そ、そんな!」

「どうせ放っておけばどのみち村は滅んでしまうのだろう。ならば悪くない選択肢だと思わないか?」

「う、た、確かに一理ありますぞ。クシナダよ、お主はそれでも良いか?」

 アシナヅチが再び問うと、アイドル笑顔からシュンと表情を暗くして、

「……はい」

 と小さく呟く。

 ああ、こっちが彼女の本来の姿なのだろう。

 無理に明るく振る舞っているだけで、本当はどこにでもいる多感な女の子なのだろう。

「男はみんなロリコンッスね」

 隅っこで話を聞いていたのだが、わたしにだけ聞こえる声でささやく。

 いや、仕方ないのだ。

 それだけこの娘は魅力的なのだ。

 決してロリコンというわけではない。

 スサノオもまた然り。

「クシナダや、そろそろ時間ですぞ」

「あっ、はーい」

 クシナダは近くの田圃へと手伝いに出かけていった。

 普段から会いに行けるアイドル。

 泥にまみれるアイドル。

 田畑を耕すアイドル。

 米を作るアイドル。

 ……なぜだろう。違う顔が浮かんできたぞ。


「それで、どうやってヤマタノオロチを退治するつもりッスか?」

 蚊帳の外だったわたし達も話に加わり、改めてオロチ退治の方法へと話は進んでいった。

「ふむ、俺の腕力ならばどんな化物でもねじ伏せてやることが出来る、といっても納得はするまい。一騎当千と名高い将門公にも引けを取らぬ、怪童丸にも負けぬところ。とはいえ、相手も村をも飲み込むヤマタノオロチとなれば、策の一つくらい講じよう。なに、簡単なことよ。酒を振る舞い油断させ、酔いつぶれたところで頭を一つ一つ切り落としてしまえば良いのだ」

 身振り手振りを交えて、スサノオはヤマタノオロチを退治する方法をこと詳細に語っていった。酒を飲ませて切りつけていくさまなど、どこの落語家かと思うほど仕草の一つ一つに情緒すら感じられた。

 大剣よりも扇子持たせたほうが良いんじゃないか、この鬼神様。

「酒で酔わせるというのは良い方法ですぞ!」

「それもただの酒じゃあない。とにかく濃い酒だ。酒を使って酒を作り、それを八回は繰り返してようやく完成するような、とにかく濃い酒だぞ」

 八回というのはおそらく比喩であり、何度も、という意味合いだろうが、酒を使って作った酒を貴醸酒と呼ぶ。他にも再醸仕込みなどという言い回しがある。

 ヤマタノオロチ退治にはそれを用いて八つの頭すべてを眠らせ、そのすきにスサノオが首を切り落とすのだ。

 確かにその通り。その通りなのだが。

 本当に、まるで見聞きしてきたかのようなその口ぶりに、なにか引っかかるものがある。

「よし、早速酒造りを開始いたしますぞ!」

 老夫婦は急いで村中の酒を集め、麹を作ってツボに移しては酒を入れ、さらに濃い酒を作っていった。

 スサノオは村の近くで剣術の訓練をするといって姿を消した。

「……残されたわたし達はどうしようか」

「んー……、お守りでも作るッスかね」

「お守り?」

 意外な回答に思わず聞き返す。

「昔の日本とか中国とか、結構何でも呪いや祈祷で解決してきたじゃないッスか。だからヤマタノオロチが攻めてきてもなんとかなるように、魔除け作りッス」

「そんな、マナちゃんがまともなことを言っている……」

「今回シショーの方がボケ担当みたいにみえるッスよ?」

 ちょっと呆れ顔で言われてしまった。

 何も言い返せない。


 村の住人と共に魔除け作りを開始する。

「ではまず、鉄棒くらいの細さの竹を用意するッス」

「て、鉄棒?」

「なんですか、それ?」

「しまった、鉄棒は当時存在してないッスね」

「ものがない時代にわかりやすく伝えるのは難しいね」

「じゃあ、豚足くらいの太さの竹を用意するッス」

 食べ物で例えてきた。

「いやいや、いくらなんでもそれは」

「ああ、豚の足ね」

「ちょうど持ちやすい大きさだね、よし任せろ」

「伝わるの!? 当時豚なんていたの!?」

 干支が中国から伝わってきた時に豚が居ないから猪で代用したんじゃないのか。

「実は弥生時代の出土品に豚の骨が見つかったんで、猪の家畜化は昔から進んでいたってのが最近の定説ッス。古事記や万葉集にも出てくるッスよ。ただし天武天皇が犬とかの肉食禁止令を公布してからは、庶民の間に四足動物を食べてはいけないって風潮が生まれて、当時豚は食べるのを禁止されてなかったッスけど、長い間食肉文化自体が廃れていったッス」

「なるほど……って、本当に立場逆転してるし! 本来なら多分マナちゃんが驚く側に回るはずだよこれ」

「ふっふっ、たまにはマナちゃんも予習してきたッスよ。やればできる子ッス。ほめても良いんスよ!」

「よーしよし」

 ご希望どおりに頭を撫でる。

 マナちゃんご満悦。

「おーい、竹を取ってきたぞー!」

 竹を抱えて村人が戻ってきた。

「じゃあ次は細い木の枝と植物のツルを用意してほしいッス。一本の竹にたくさん使うから大量に必要ッス」

 マナちゃんの言う通り、今度は大量の木の枝とツルを用意する。

「じゃあ竹を適当な長さに切って、先端に木の枝を巻きつけるッス。それをツルで固定して、また巻き付けてはツルで留めて……完成ッス!」

 マナちゃんが作ったのはいわゆる箒の原型である。

「これが、魔除けですか」

「一家に一本、家の前にでも立てかけておけば災いを振り払えるッス」

「確かに最初は魔除けとして使われていたんだっけ」

 といっても箒は周囲を清めるための道具だから、その箒に浄化機能があり、故に聖なるものとして扱われるようになったと考えるのが妥当か。


 かくして、酒造りと箒作りが村人総出で行われた。

 スサノオは遠く、剣を振り下ろしていた。

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