第21話 セムの花嫁
そんなある日。
「お客さんッスよー!」
マナちゃんの呼びかけにハム夫妻が表に出る。
わたしも興味本位で外を覗くと、一組の男女が立っていた。
男の方はずいぶんと鼻息荒く、鋭い目つきで細身だが威圧感がある。時代が時代ならいくつもピアスを開けて夜の街を闊歩していそうな出で立ちだった。ポンパドゥール風の前髪にリーゼントスタイルと、決してお近づきにはなりたくない。
女の方はそれに反しておとなしそうな感じで、男性の一方後ろに隠れるように立ち顔だけこちらに覗かせている。さらに長い黒髪が顔を隠し、素顔はほとんど見えない。
「ヤバそうな雰囲気の兄ちゃんッス。地上げ屋ッスか」
ヤバそうな雰囲気の人間に対して、決して取るべきではない態度で接するマナちゃんは実はとんでもない大物ではなかろうか。
「誰かと思えば、セムじゃないか」
「おうハムの兄者、久しふりだな」
ハムは親しげにその男と会話を続ける。
当然地上げ屋ではないため、安心して二人の方に歩み寄る。
「あ、シショー。あの若頭みたいな人、誰ッスか」
「マナちゃんは物怖じしなさすぎてこっちがハラハラするよ。……ふむ、セムって呼んでいたし、おそらくハムの弟だろうな。ノアの息子のうちの一人だ」
「ああ、二人は会うの初めてっぽい感じね。エラソーにしてるのがセムって言ってハーちゃんの弟。で、後ろに隠れてるのがその奥さんのムーサちゃん」
フィークスが手短に紹介する。
「ああ? なんだ、そいつら」
見た目通り、ガラが悪い。
「動物集めを手伝ってもらっている人さ。セム、初対面の方にそんな乱暴な態度はいけないよ。お二人ともすいません。こいつ見た目はいかついですが、性格も見た目通りなんです」
「おい兄者、フォローになってないぞ」
「ははは、悪いやつではないんですよ。ちょっと横柄で口が悪いだけです」
「兄でなければぶん殴ってるんだけどな」
「セムさん、そんなこと言っちゃダメですよ」
セムの後ろに隠れているムーサがか細い声で諌める。
「ムーちゃんは優しいわねぇ。ダンナなんてもっとテキトーな扱いでイイのよ」
「できればもう少しくらい旦那を労ってほしいなぁ」
「あらハーちゃん? 何か言った?」
「イエイエナンデモゴザイマセン」
「……シショー、この二組の夫婦、組み合わせが逆だと思うッス」
「うん、それはちょっと思った」
不良とギャルの組み合わせ、真面目同士の組み合わせにしたら上手くいくんじゃないのか。
「アンタたちにはまだわからないだろうけど、百年も一緒にいると違う性格の方が案外上手くいくものなのよ」
夫婦としての年季が違った。言葉の重みが凄い。数字の桁が違うともはや説得力があるかどうかではなく、ただの事実確認だった。
「おいおい談笑しに来たんじゃないんだよ。相談があってきたんだよ、父者のことでな」
「父さんのこと?」
ハムが顔を引き締める。
「そういえば、最近ノアちゃん見かけなくなったッスね」
「最初の頃は毎日物陰でこっちを見ていたけどな。近づいたら案の定逃げられたけど」
しかし、いつからかぱったり姿を見せなくなった。
「どうにも父者の様子がおかしい。この頃は毎日魂が抜けたように無表情のまま、視線も定まらず茫然自失としている。最初は届けられた果実を口にしていたのだが、しばらくするとそれも止め、ただ果実の入った容器を見つめていて、何をしているのか尋ねてもまともな答えが返ってこない。果ては大量に集めた木材の使いみちについても、なぜ集めていたかわからないときたもんだ」
「なんだって、そんなことになってしまっていたのか……」
「ただの加齢によるボケの症状じゃなくて?」
フィークスが真顔で言う。
「ああ? いくら六百歳を過ぎたからって、ボケるには少し早いだろ」
「ま、それもそーよね」
そうなのか。ボケ始めるのは八百歳を過ぎてからとかある程度の指標があるのだろうか。
「あの様子じゃ兄者に動物を集めさせた理由も忘れちまったんじゃないか。またいつものように丘に登っては何をするでもなく、日がな一日立ち尽くしているばかりだ」
「おいおい、それは困るぞ。今までの苦労は何だったんだ」
「こっちだってそうだよ。何のために木材を集めたんだか」
「あの、ちょっと聞きたいんだが」
わたしは二人の間に割って入る。
「もしかして、ここにいる誰もノアの――あなた達の父の目的というものを、何も知らされていないということなのか」
四人の方をぐるりと見回しながら訊いた。
誰も無言のまま、口を閉ざす。
「……そういうことか」
わたしはノアが居た丘を見据え、足早にその場を後にする。
「あっシショー、待ってくださいッス! どこに向かうんスか」
「ノアのところにだよ! 会って確かめなきゃいけない」
話を理解できないという四人をよそに、わたし達は再びノアと初めて出会った丘へと進んでいく。
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