第22話 ノアちゃんは無口
「もしかして、これが『ティンカー』なんスか?」
丘に向かいながら、マナちゃんと現状について一つ一つ整理していた。
「そうだな。正確にはまだわからないけど、おそらくノアは予言の内容を忘れたか、神様から予言を受けたこと自体を忘れてしまっている。あえて一言で言ったら、今回の『ティンカー』は予言そのものってところかな」
「でも予言が失われても動物を集めたり、木材を集めたりはしてるんスね」
「その辺がティンカーの厄介なところで、たとえ物語が歪められても、物語自体は進行するんだ。だからノアも最初から神の言葉を聞かなかったわけじゃなくて、神の言葉を受けて、方舟を作ろうとするところまでは覚えていたのかもしれない。それが何らかの理由で予言は失われてしまい、ノアが命令したことだけが実行され続けているってことなのかな」
「これってノアちゃんに会ってどうするんスか? 予言の内容を思い出してほしいってお願いするんスか?」
「そう言って通じるのなら良いけれど、そもそも予言があったことそのものを忘れていたら、もうどうしようもないな」
「じゃあ木材で方舟を作るように話すんスか?」
「それはそれで物語が歪んでしまう気がするな……。もちろん物語の結末を知っているわたし達なら正しく導けるけど、そんなことをしたらわたし達が預言者になってしまったり、下手したら神様扱いだ」
「とんでもねぇあたしゃ神様だよって言うチャンスじゃないッスか!」
「あ、やっぱりそっちなんだ。神々の遊びの方じゃないんだね」
「暇を持て余した」
「いやごめん、やっぱり時間無いからパスで」
「……」
「ごめんって! あとでちゃんと構うから! そんな悲しそうな顔されたら罪悪感でいっぱいになるからっ!」
「その言葉を信じて真面目な話に戻るッス。それでも方舟を作ってってお願いしないと、物語の結末って変わっちゃうんじゃないッスか」
「…………そう、だね。いや、そうだ、そうだよ!」
マナちゃんの言葉ではっとした。
その通りだ。
このままでは物語の結末が変わってしまうではないか。
「もしも方舟が作られなければ……」
「作られなければ?」
「ノアの一族もろとも世界は大洪水に見舞われて、人類は全滅してしまう……」
これが、考えられる最悪の事態で間違いないだろう。
丘の上、確かにノアは居た。
木に寄りかかって座り込んでいた。しかし近づいてもこちらに気付く様子はなく、虚ろな瞳で遠くを見ていた。
「なんか『ぬ』と『ね』の区別がつかなそうな顔してるッス」
「よくわかんないけど、多分適切な表現なんだろうか」
「全然こっちを見てないッスね」
「今のうちに後ろに回り込んで逃さないようにしよう」
「散々今まで逃げられたんだから、メタルキング並みの経験値がもらえたっておかしくないッスよ」
「そんな経験値がキャリーオーバーするみたいな言い方……そもそも経験値って何」
「あ、今こっち向いたッス」
「なっ!? マズい、隠れ――あれ」
ノアは確かに顔を傾け、こちらを一瞥した。
本当にただ視線を送っただけで、すぐに顔を背けまるでこちらへの興味など微塵も感じないと言った風に再び虚を見つめる。
「ガーン! 無視されたッス! ガン無視もいいとこッスよ!」
「様子がおかしいとは言われたけど、想像以上だな」
わたしは低くしていた姿勢を正し、堂々とノアに近づく。それでも逃げるどころかこちらを見直す動作すら一切行わず、視線はずっと前方のままだった。
ノアの真横に立つ。それでも視線は動かない。
腰よりも低い位置にあるノアの顔は微動だにせず、通り抜けていた風が止んで浮き上がった前髪が静かに下ろされた。
思い切ってノアの前方に立つ。真っ直ぐ伸ばされたノアの足を挟むようにして仁王立ち、何を見ているのかも定まらぬその瞳を見据える。
それでもこちらを見上げ表情を変える様子は無かった。
「――預言者ノア!」
わたしは左手で木にもたれ掛かり、ノアの耳元で思いっきり大声を上げる。
「おおっ! これが壁ドンってやつッスね! 初めて見たッス」
後方でマナちゃんがはしゃいでいた。
「…………?」
何が起きたのかわからないという表情でこちらを見上げる。
「お前は預言者だろ! 自分の息子達に色んな準備をさせておいて何も伝えていないのか!? これから何が起こるのか、ちゃんとわかっているのか!」
「…………」
無表情のまま、こちらに視線を移す。
うん?
じっとこっちを見返してくる。
うん。
お互い微動だにしない。
うん?
あれ、よく見たらちょっと涙目だ。
「…………ぁ」
一気に瞳が涙で溢れ、滝のように流れ出す。
「ぁっ……えっ、ぅっうっぁあぁあああ!!」
「えっ!?」
「あらら、泣いちゃったッス」
マナちゃんが急いで駆け寄ってくる。
交代する格好でノアから離れ、代わりにマナちゃんがノアに向かい合うように両膝をついてしゃがみ込む。
「おーよしよし、どうしちゃったんスか? おねーさんの胸で泣いていいッスよ」
その言葉だけ聞くと母性あふれる女性が子供をあやすシーンに思われるのだが、実際は少女が六百歳をあやしているのだ。もはや介護である。
「しまった、ちょっと強く言い過ぎたか……」
「んー、シショーの言葉があったからこそ、こうやって感情が溢れ出したってことッスから、やり方は間違ってなかったッス」
わたしへのフォローまで欠かさない。なんていい子だ。
ラブリーノアちゃんとか言ってるけど、彼女もラブリーマナちゃんって言いたくなるくらいいい子なんだよなぁ。
「はっ! 今シショーが褒めてくれたような気がするッス」
「心理描写まで読んじゃダメだよ」
「褒めても良いんスよ! 褒めても!」
「あっ、それは素直に褒めてってことなのね」
とりあえずマナちゃんの頭を撫でてやる。
何だこの図。
慰めてる人を褒めてる謎の構図である。
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