第08話 幼女瀕死
復活。ギャグマンガ的な表現であって、本当に死んでしまっては情けないにも程がある。
後頭部に柔らかい感触を受けながら、わたしは意識を取り戻す。
「あ、気がついたッスか」
正気を取り戻したわたしは倒れ込んでいた地面から上半身を起こす――どうやらマナちゃんに膝枕してもらっていたらしい。柔らかい感触の正体はこれだったのか。
「うわっと。ああ、ありがとう……助かったよ」
「どーいたしまして、ッス」
軽く膝をぽんぽんとたたきながら、さも当然のことをしたまでと言わんばかりに微笑みかけてくるこの包容力はどこから湧き上がってくるのだろう。さっきまで少女になぶられ気を失っていた自分が急に恥ずかしくなってきた。
でももうちょっとだけ肌のぬくもりを感じていたかった、とこの状況で口に出したら変態である。そこはわきまえるぞ流石に。
「あ、あのっ」
声のする方に向き直ると、すぐ隣にしゅんとうなだれている彼女の姿を見る。ただでさえ小柄なのにその様子はより一層小さな存在に見えた。
「すいません、私ったら取り乱してしまって……」
見た目は少し幼さの残る顔だが、声の調子や仕草からはしっかりとした女性であるように見受けられた。金と銀の入り交じったような輝く髪の毛は肩より長く伸び、真っ白な肌と相まって人間よりもさらに神秘的な存在のように感じさせる。しかし土の付着した腕や目の周りがほんのり赤らんだ顔が人間らしさを表して少し安心する。
白いワンピースのような麻布の服を身に着け、マナちゃんと比べるとかなり露出は控えめである。いや、多分この娘の格好の方が一般的なのだろうけど。
「大丈夫でしたか? 夫だと思ってつい思いっきり飛びついちゃって……お恥ずかしい」
「あらら、ダンナさんがいらしたンスねー。残念ッスねー、シショー」
「……すごく嬉しそうだな」
「いやー、気のせいッスよ~」
実際、妻と言っても幼妻の雰囲気しか感じられないし、妻というより娘のようにしか見えない……。どうなんだろう、そんな風に思えるということは、マナちゃんよりさらに小さいのだろう。二人並ぶと姉妹のように見えなくもない。
髪の色とか肌の白さとか、どちらかといえばコーハイ寄りではあるが。
「えっと、この畑はキミが管理してるのかな?」
とりあえず話を本筋に戻そう。
「そうです。ああ、すっかり自己紹介が遅れてしまいました。私はウーウァ、この大農場にある全ての樹木、植物の管理を任されています。私達夫婦は日々神様より賜りし作物を育ててはあちこちの村に苗を届けて、少しでも人々の暮らしを楽にしようと精進しております」
先程までの幼さはどこへやらといった具合に流暢と自己紹介を済ませた。やはりただの子供というわけではないのだろう。こんな広大な敷地の管理を任されるするほどだ、何かしらの手腕を買われたに違いない。
「へー、こんなちっちゃいのに偉いッスねー。よしよし」
「い、いえ、これでも私もう二百歳をとうに過ぎていまして……」
「ガーン! 二百歳ってロリババアじゃないッスか! 最近の科学技術の発達は凄いッスねえ……。その年齢でこんなにお肌もぷにぷにつやつやとは」
「いや、最近どころか紀元前の話だからこれ。そもそも最近って言っちゃダメだろ」
「おっと、そうでした~。って、シショーにメタ発言をさせてしまうとは不徳の致すところッス! マナちゃん猛省ッス」
口を三角形に尖らせて敬礼のポーズを取る。反省の姿勢なのか、それ。
真偽の程はさておき、神話の登場人物は何百歳という現代からは信じられないような年齢まで生きた記述がよく見受けられる。あまり深く考えてはいけないのだ。昔の人は長生きだったんだなあとか、今とは一年の数え方が違ったのかなとか適当な想像をするしかない。
「えっと、シショーさんにマナさんでよろしいですか。ところでお二人がここにいらしたのは、何か御用がお有りでしたか?」
見た目に反して大人びた口調で話を進めていくウーウァにすっかり気を取られていたが、そもそもわたし達は客観的に見るとただの畑荒らしだ。餌につられてやってきたイノシシのようなもので、問答無用で追い払われても文句も言えないような立場である。
「はいはーい、ここにはノアちゃんを探しに来たッス! 美味しそうな木の実を見つけたからフラフラと立ち寄ったッス! ――美味しかったッス」
「さらっと罪を自白するんじゃない。そんな意味深に言ってもただの窃盗行為でしか無いんだよ」
「ごめんなさい、ちょっとそこら辺に生ってた果実食べちゃったッス」
「まあ、そうだったんですか。少しくらいなら大丈夫ですから、どうぞお気になさらず」
「ウーウァちゃんは天使ッス! ぎゅ~っ!」
「ふぇっ、ちょ、ちょっと」
少女が幼女を抱きしめている。いいぞもっとやれ。
「――あ、今ノア様とおっしゃいましたか」
「イエス、ラブリーノアちゃん。でもマイ・フェイバリット・エンジェルはウーウァちゃん一択ッス」
「マナちゃん、勝手に愛称を付け足さないの。それよりも、もしかしてノアについて何か知っているのかい?」
「は、はひぃぃ……」
マナちゃんに抱きつかれて今にも潰れそうなウーウァがうめき声をあげながら僅かに頷く。いい加減離してあげなさい。
四つん這いのまま荒い呼吸を整え、ウーウァが再び立ち上がる。
「何を隠そう私の夫であるヤペテの父こそ、大預言者ノア様その人です」
えっへんと胸を張りながらウーウァが続ける。しかし、その仕草からはどうしても背伸びする子供っぽさが拭えなかった。
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