第05話 物語の中にいこう

 わたし達リオルガーは物語の中に直接介入してティンカーを探し出し、取り除く。

 では物語の中にどうやって入り込むのか。至って簡単である。本を開けば良い。物語は全て本の形になっているので、普通に本を読むように開けば竜巻のように小さな渦が発生して、それが物語への扉となる。その渦に触れたら、吸い込まれるように物語の中へ入り込めるようになっている。

「それって旅の扉みたいなものッスね。もしくは不思議な石版」

「マナちゃん、そういうことは思ってても言っちゃダメ」

「そうそう。旅の扉はどちらかというと空間転移装置であってワームホール的な役割を持っているんだけど、不思議な石版はさらに過去へ行くというタイムワープを引き起こしているから、両者は似て非なるものなの。だからここで言えば後者が正解」

「なるほどー」

「ガッツリ説明するな。……そしてお前はやっぱり行かないんだな」

 今、わたし達は書斎机の前に立っている。コーハイを中心に、両隣にわたしとマナちゃん。視線は机に置かれた物語。

 どの物語の差し止め判を取り外そうとしているのかをわかりやすくするために、物語の中に入る時には書斎机の上で本を開こうというのがわたし達の決まりである。

 ……出かける準備というのは書斎机の上に散らばっていた本を片付ける作業だといっても過言ではない。一応着替えたり、道具を持っていったりと他にも準備はあるのだが。

 そしてコーハイは特に準備することもなく、相変わらず修道服で気だるそうに立っている。

「え? 当たり前じゃないですかー。コーハイちゃんは頭脳派ですから。力仕事は二人にお任せします。それにほら、いつ何時トラブルが起きるかもしれないですから、誰かがここに残っていた方が安心ですよ」

「もっともらしいことを……ただの面倒くさがり屋のくせに」

「センパイのご期待に添えるよう頑張るッス!」

「マナちゃんは素直だなぁ」

 その単純明快さは嫌いじゃない。

「二人共、準備は万全ですか?」

「準備万端ッス! ……ん、あれ。万端? 万全?」

「準備万端ってのは準備に関するありとあらゆることを示しているだけだから、ここでは準備万全、準備に対して万全を期す方が正しいかな」

「なるほど、さすがシショー」

「じゃあ先輩はどうですかー」

「ああ、大丈夫だ」

「問題ないですか」

「問題ないよ」

「まとめて言うと?」

「大丈夫だ、問題ない――いや、良いから早く本を開けよ!」

「りょーかいですよ。では。……汝のあるべき姿に戻れ!」

 コーハイは杖を振るような仕草を取り、しゃがみこんで仰々しく本を開く。修道服姿でその台詞を叫ぶとやけにそれっぽく聞こえるのだが、それって本来は封印の呪文では。いや、そんなことにツッコんでいる暇はないから全力で無視を決め込むぞ。

 開かれた本からは突風が部屋全体に飛び出し、それは一瞬で過ぎ去った。そして本の上では淡い虹色の光を放つ小さな渦の塊が漂っている。

「これに触れたら物語の中に入れますよー」

「よし、行くぞ」

「じゃあセンパイ、行ってくるッス。お土産いっぱい持って帰ってくるッスね」

「旅行じゃないんだから」

「コーハイちゃんには二人が無事に帰ってくることが一番のお土産です」

「校長かよ」

 いつまでもこんなやり取りを続けるわけにもいかない。

 そっと渦の中に手を伸ばす。すると掃除機で吸い込まれるかのようにものすごい吸引力で本の中に引っ張られる。絶対悪酔いするぞ、これ。

「いってらっしゃ~い」

 呑気なコーハイの声も次第に遠のき、わたし達は物語の中に突入する。

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