第04話 グジョグジョ部

「それよりこの大量の差し止め本……何とかしなくちゃな」

 視線を山積みの本に戻す。

「これだけあると、どこから手を付けていいかわからないぞ」

「じゃあこれなんてどーですかー」

「お前今一番近くにあるやつを適当に取っただけだろ。というかいつの間にソファーでゆりかごモードに入ってるんだよ!

 ゆりかごモードとは一人用ソファーに仰向けに寝っ転がり、頭と太ももをひざ掛けに引っ掛けて眠る様子がハンモックとかゆりかごに揺られているように見えることからわたしが勝手に名付けたものだ。いたずらに両足をぶらつかせるのもポイントが高い。

「……これってあのスマホゲーによくある構図ッスね」

「気のせいだよマナちゃん」

 華麗にスルー。

「だって、どうせ最終的には全部終わらせなきゃいけないんですから、じゃあどれから始めたって同じことじゃないですかぁ……ふぁあ」

「おい寝るな」

「はいっ、はーい! じゃあシショー、ど・れ・に・し・よ・う・か・な、で決めるのはどうッスか!?」

「えっ……うーん。まあどこから手を付けても同じっていうんなら、それでも良いか」

「んなっ! やっぱりマナちゃんとの扱いは雲泥の差じゃないですか、パイセン!」

「テンション上げんな。お前の言うことも一理あるなって思ったんだから文句言うな」

「なら良し。……すぴー」

「グッジョブのポーズをしたまま寝落ちするな。まだ何も始まってないぞ」

「じゃあ行くッスよ~! ど・れ・に・し・よ・う・か・な・っと。んー、これ! 差し止め本ちゃん、キミにきめた!」

 マナちゃんが取り出したのは黄色い電気ネズミということはなく、とある一冊の差し止め本だった。

「これタイトルの箇所に差し止め判が引っかかってて読みにくいッス。旧約……方舟……?」

「方舟だって? ちょ、ちょっとよく見せて」

 わたしはマナちゃんから差し止め本を受け取り、注意深く本を眺める。確かに差し止め判が思いっきりタイトルに被っているのだが、それならと背表紙を見る。こちらには流石に何も貼られたりしていない。

「おおー、さすがシショー。賢いッス」

「旧約聖書……創世記。ノアの方舟……だって!?」

「のあの、はこぶね……。って、どんなお話ッスか?」

「うそ、知らないの?」

「まあまあ先輩、誰だって最初は知らないものですよ。いい、ノアちゃん。正式なタイトルは『――の、……あの! 運ぶ、ね……?』だから」

「なるほど、つまりコミュ障の引越し業者が頑張る奮闘記ッスね!」

「違うよ」

 笑顔で冷静にツッコむ。それ、タイトルとして斬新すぎる。

「ノアの方舟。旧約聖書の創世記に書かれている大洪水に関するノアの方舟物語の事だよ。洪水神話と聞いてまず最初にあげられるのがノアの方舟ってくらいメジャーな物語だよ」

「神話とはいえ実話か作話か未だに結論が出ていないんですよね。まあ事実だった方がロマンがあるので、コーハイちゃんとしては否定するつもりはないですけどねぇ」

「洪水神話ってことは、洪水が起きるってことッスね。バッドエンドになっちゃうンスか?」

「おおまかに説明すると、堕落した人間を懲らしめるために神様が地上を水で覆う計画を立てる。だけど善い人間のノアとその家族だけは助けるために計画のことを教えたんだ。そして動物や植物などを一緒に乗せるための大きな船を作らせた。ノア達はその方舟に乗って大洪水を生き延びて、再び地上に降り立って繁栄していく……そんなお話だ」

「身勝手な神様ッス」

「プログラムだって書いててゴチャゴチャしたまま放置して、久々に見たらスパゲティコード化していたらリセットしてイチから作り直した方が早いわーって感じ」

「その説明、わかりやすいんだかそうじゃないんだか……」

「それで、このノアちゃんが頑張る物語に『ティンカー』が発生しているってことで間違いないンスね」

 大預言者にして人間の祖をノアちゃん呼ばわりである。まあ、知らなかったらそうなる……のか? いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

「そう、そうだ。これは大問題だぞ……」

「え~、そんな騒ぐほどのことですかー?」

 ソファーの上でゴロンと寝返り、姿勢をこちらに向けてコーハイが言う。

「ノアの方舟なんて、さっきも言ったけど世界中で知られている物語だ。つまりその影響力は絶大だ。これを題材にした物語も数多くある。その原点でもあるこの物語が改変されてしまったら、後世の作品全てが影響を受けて差し止め版を押されることになる」

「ええっ、これってそんな大変なことになるンスか!?」

「物語のどこにティンカーが発生しているのかにもよるけどね。物語の些末な箇所なら後世の作品への影響も少ないだろうけど、発生箇所によってはとんでもないことになる……。急いで原因を解明して、ティンカーを取り除かなきゃ」

「……よっと。『物語はあるべき姿に』がリオルガーの基本原則、ですね~。……ふぁあ」

 本来なら決め台詞なのだろうが、あくびをしながら姿勢を正すコーハイが言っても様にならないなぁ……。

「うわー、誰ですかコーヒーこぼしたの。本の表紙がグチョグチョのビシャビシャですよ~」

「その擬音はやめろ」

「中身をご開帳して調べてみますか?」

「良いからさっさと片付けろ!」

「あっセンパイ、その本こっちにもらうッス」

「あらそう? マナちゃんありがと~。……ふう、これでひと仕事完了っと。ああ疲れた」

 あれでひと仕事……? いや、もういい。

「よし、早速出かける準備に取り掛かろう」

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