第一話 I
「———はあっ!だーめだ」
俺はイヤホンを乱暴に投げ捨てる。
理由は簡単、集中しきれていなかったのか結果が悪かったからである。SSと評価されたスコアをしばらく睨む。長時間のプレイで疲れが出ているのだろう。そろそろ休憩を取ろうかと、プライズの機械の方をキョロキョロ見渡す。流石土曜日だと言えよう。小学生くらいの子供を連れた家族、部活終わりなのか、大きなエナメルバックを肩にかけた坊主の学ラン集団、休日に学校の規則が届かないので自由にメイクや派手な服装をする女子。どれも俺みたいに一人で朝から音ゲーに没頭するような寂しい人はいないように見えた。
そこに、見知った顔が二つ見える。
大きな風船を模したぬいぐるみを取ろうとワイワイしているように見える二人組。
「ん〜」と考えるような顔をしながらクレーンゲームを操作している方は
オレンジがかった茶髪をボブカットにし、切りすぎた!という感じの前髪とおでこがチャームポイントである。
以前クラスメイトでも目立つ男子の石……石……なんだっけ?……まぁ金髪のリア充男子と付き合っているなんて噂も聞いたことあるし、相当のリア充、青春謳歌者なんだろうとは思っている。
俺とは真反対の人間だなと、そう思っている。
たった一回のトラブルから人と深く関わろうとしなくなった俺と、誰とでも仲良くなりたくて努力する朝田さんとではリア充指数は月とスッポン。話しかけられたら作り笑顔で最低限の会話。それが俺と彼女の関係。ほぼ他人である。
俺は視線をゲーム画面に戻す。別に同じゲームセンターに来ているからと言って、プライベートでも話す事などは無い。朝田さんがいようがいまいが俺のする事は変わらない。
俺は楽曲を選択してスタートボタンをタップする。ここから二分また至福の時間を楽しむのだ。
そして二分後それは起こったのだ。
イヤホンを外して座る椅子の背もたれに背中を預けた途端、肩に軽い違和感と人の視線を感じた。
「やっ!」
肩に置かれたのは人の手だという事、そしてその声が女性のものだと一瞬で判断できた。
「隣、いい?」
「あ、ああ……」
朝田さんだった。俺は少々テンパる。
だってそうじゃないか。俺と朝田さんは外でも声をかけられる関係か?否、彼女は学校でしかもクラスメイトだからあの空間では俺にも平等に仲良くしているだけであり、外で声をかけられるなんてあり得ないだろう。四月後半に行われたカラオケにも不参加だった訳だし。ん?そうすると外で合うのは初めてということになるな。まぁどうでもいいか。
あろうかとか彼女は俺のオアシスであるオトボウの隣の筐体に腰掛けてるじゃないか。
俺みたいな隠キャと隣同士でゲームするなどどんな拷問?あっ俺じゃなく朝田さんに申し訳ないわけで……
まぁ朝田さんは何にでも興味ありそうだしな、天真爛漫だし。だが音ゲーは一筋縄じゃいかないぞ。リズムや記憶が大事だし。なんなら音楽やっていても、リズム代名詞のドラム経験者でも最初は難しいまであるからな。
ま、すぐに諦めて移動するだろうと、そう思いイヤホンを耳にはめて画面に顔を戻す。そこで楽曲をプレイする為のポイントがないことに気づき、改めて百円玉を投入する。並んでる人はいないのでそのまま続行できるのだ。
アカウント確認、お知らせを承諾しゲームモード選択をしようとした時、右横から見慣れないバーが出てきた。
『inoさんより店内マッチングの招待です』
俺はすぐさま横を向く。すると朝田さんもこちらを見ていたようで目が合うと無邪気な笑顔を見せた。
「やろ?せっかくだから」
彼女は椅子に座り反るようにして俺に話しかけた。危ない、危ないから腰かけに体重かけすぎないで。……てか店内マッチングの存在知っているんだな……それ以前にマッチングできるという事は少なくとも一回はプレイした事を意味する。……経験者なのか?
「ま、まぁ少しだけなら」
俺はそう返事して申し込みを承諾する。
「宮本君と外で合うの初めてだねー。ここ、よく来るの?」
「ま、まあ」
いきなり始まる世間話。彼女のフレンドリーさは学校だけではなかったようだ。素でこれらしい。
「私はここはあんまりだなー。ラウワンのが多いなー」
「そ、そうか……」
ああ、よく行くゲーセンの話か。ラウワンは好きじゃないな。綺麗にされてるけどガラの悪い若者が多い。なんで入口前の手すりでたむろしてるのか意味わかんない。派手な髪色とジャラジャラした人達。あれって装備すると何か変わるの?リア充値?
「てか宮本君って学校以外だとメガネかけるんだねー。なんか知的。学校じゃあいつも眠たそうにしているけど、そっちの方がシャキッて感じでなんかいいね!」
「あ、お、おう?そうか?」
なんかよくわからないが褒められて照れるな。
俺は照れ隠しで無意識に鼻をかく。
「あっ……」
すると朝田さんは目を大きく見開きその様子をじっと見てきた。何故かうすーく頬を赤くして。
「……んどうした?」
「っ!い、いやっ!何でもないよ!さー始めよう!私たちの初休日顔合わせ記念日!」
な、なんだそのヘンテコな記念日……。
彼女はなにかを誤魔化すようにゲーム画面に視線を送る。……ほんとなんだったんだ?
とにかく、俺はマッチングプレイを続けようと曲を選択する。
ホストとゲスト、それぞれが選んだ楽曲からランダムに一曲決まる制度で、今マッチングしているのは二人なので二曲から選ばれることになる。
軽快なドラム音ののち爽快なシンバルの音が聞こえプレイ曲が決まった。
俺はすかさずmasterを選び準備完了させる。朝田さんの選択を待っていると数秒後、彼女も準備OKとの表示がでる。
「!?」
俺はその画面に驚愕した。なんと彼女の選択した難易度は俺と同じmaster。
masterというのは難しい譜面というのは勿論だがこれは普通封鎖されていて簡単にはプレイ出来ない難易度なのだ。一つ下の難易度、expertで一定以上のスコアを取る事で解放される譜面だが……選択できるという事は一、二回ぽっちの経験者ではない事を意味する。
しかし経験者ならそれはそれで燃えてくる。相手がどんな上手さかは分からないが、俺は俺のプレイをするだけだ。
画面は軽快な効果音とともにSTARTと表示されて音楽がかかる。
最初、複数長押しのノーツを超え片手での高速ノーツ。
レバーとボタンの交互ノーツに、Aメロ最後の高速トリル(両手で交互に連打する譜面)。
Bメロに差し掛かり、譜面の特徴が変わる。
外側のパネルを押しながら内側のパネルの連打。
たまに入るレバー操作に苦戦しつつもコンボは繋がる。すでに三百を超えた。
そこで驚いたのは朝田さんのコンボも続いている事だった。中々イメージつかないが彼女も相当な音ゲーマーだと確信した。
譜面はそろそろ曲のサビ部分へ差しかかろうとしていた。
ここで難所の一つである、階段高速トリルからの高速レバー操作がやってくる。
俺は慣れたもので感覚でクリアする。しかし朝田さんのコンボがそこで途切れ一からになっていた。
ここで途切れるのは仕方がない。むしろ良くここまでコンボを繋げられていた事に驚きまである。
意外とアーケードの音ゲーは体力を使う。腕全体を激しく動かすのでそれなりのスタミナもないと最後まで続かない。女性だからというわけではなく男子も。まじ最初は腕つりそうになるから。
譜面はそろそろ最終局面に差し掛かる。ここからはトリルや階段や混フレや出張や全押しをこれでもかと言うほどごちゃ混ぜにして流れてくる。
もう押していると言うか触れるだけの次元。目で追いながら体を感覚で動かす。ちらっと朝田さんのコンボを見ると……まぁ荒れていた。
俺もあまり気にする余裕は無く一生懸命パネルを叩く。
手首のスナップ、指先の滑らかな操作で高速トリルを超え、レバーに手をかける。そして腕も交差して無理やりにでもノーツを叩く。
———そしてレバーとともにフィニッシュ。
長い、長い二分間が終わった。俺の画面にはALL PERFECTの表記とSSS+の評価が。これ以上ない完璧なスコアだ。
「っっしゃあ!」
思わずガッツポーズ。
「はあ〜!疲れたー!わっ!宮本君APって!すごいなぁ。私なんか全然だよ〜」
朝田さんは椅子から立ち上がって俺の画面を覗き込む。俺の肩に手を置き前のめるように。
揺れる髪とともに女子の甘い香りが漂ってくる。
「あ、朝田さん?近い近いって……」
俺は鼻をかく。
その様子を見た朝田さんはまた頬を少しずつ赤らめ恥ずかしいように俺から一歩離れた。
「あ、あわっ……あ……ご、ごめん!……い
嫌だったよね……普段のノリでやっちゃった……」
照れを隠すように頭をかく朝田さん。
……何というか、俺は朝田さんのこういうところが嫌い……というか得意ではない。
教室でも誰に対しても距離が近い。勿論俺に対しても。
そこまで仲がいいわけでも無いのに、元々知り合いだったような距離感で話しかけてくる。……何というか俺と波長が合わないんだろうな。いちいち明るい。何を言っても、どう返しても笑顔でいられる所。それであって下手に出る態度は何というか俺が苦手にするタイプだ。
「ささっ!宮本君!あと二曲もやっちゃおうよ」
「お、おう」
苦手なタイプのはずなんだ。しかし音ゲーに全てを捧げる俺は、同じ音ゲーマーかも知れない彼女に対してなんだか親近感が湧いてきていた。彼は俺の悪い所だ。音ゲーの事になると思わず熱くなってしまう所が悪い。
「朝田さん、音ゲーやるんだな」
だから口が開いてしまった。
「うん!やるよ〜暇な時だけだけど。普段はラウワンでやってるから宮本君もオトボウやっていたなんて知らなかったー以外ー」
「……それはこっちのセリフだよ。朝田さんは何というか……イメージが無いから。以外」
「いやいやー。でも宮本君みたいに上手くは無いかなぁ。楽しむのが一番だと思ってるから!」
朝田さんは満面の笑みで答えた。
確かにその通りだ。何事も楽しくないとやっていられない。朝田さんにも俺と同じ熱を感じた。
「さっ!やろ?」
「……そうだな」
俺は初めて友人……とまでは行かないが、同じ趣味を持つ仲間として彼女を見れそうな、そんな気がした。しかし彼女のノリは苦手なのですぐに愛想つかれて忘れられるだろう。今日だけ、今日だけの二人の時間を俺は楽しむ事にした。
しかし今日、俺の高校生活最大の起点が来るなど一片も思いせずに———
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