俺たちは斜め下の変態《アオハル》に溺れてしまいそうだ

セイヤ。

プロローグ


彼女は恥じる様子もなく俺に顔を近づけてくる。


……なんだこれは、この状況は


背には洗面台、両端は腕にブロックされている。仰け反るにしても腰がもう限界。近づく顔を避ける逃げ道……無し。


場所は清潔感のほぼ皆無の男子トイレ。ゲームセンターの一階、三箇所あるトイレの一番利用客が少ない場所。


「……なっ……えっ?」


俺はそこである女の子に壁ドンならぬ洗面台ドンをされていた。


近づく顔……というか唇。その艶やかな唇と甘い女子特有の香りにやられて、緊張と興奮が急加速する。


力づくで押しのけようと思い彼女の腕を掴むが……


「動かないで」

「っ……」


と牽制されてしまう。そして俺は抵抗できず近づくそれを直視できなくなり目を瞑ってしまう。


吐息までもが直に伝わる感覚。彼女と俺、息遣いの律動が一定に重なっているのが分かる。


彼女は足りない身長を近づくことによってカバーし、俺に強く体を授ける。


そして———



変 変 変



一つ、人間とは欲に強欲である。


三大欲求というものがあるように、人間の行動原理一つ一つには必ず欲が働いている。


アメリカの心理学者ヘンリー・マレー氏はこれをリストアップし『マレーの欲求リスト』として約三十九種類の欲求をまとめた。それを日本人はさらに細かくし、全七十種類の欲求リストを作っていた。


例えば商店街の端などに店舗を構える屋台。そこから漂うソースや磯の香りに惑わされ、さほどお腹が空いていなくとも『食べたい』と感じてしまう食物欲求。


その中でも人間が息をして酸素を求める吸気欲求、呼気欲求。


食べた際などに水分を欲しがる飲水欲求。


食べ物の味を楽しみたい体的感覚を求める感性欲求。


服や髪型を工夫してその日の気温、天気に合わせて適切な体温を保つ暑熱・寒冷回避欲求。


このようにただたこ焼き一つ食べるのにも細々と『欲』が発生した結果行動に移している。


その中でも俺、宮本みやもと悠里ゆうりはリラックスや気晴らし、娯楽を求める『遊戯欲求』に支配されていると言えるだろう。


高校生となって普通の学生たちは親和欲求、愉楽欲求にならい、友人を作り、交友を深め、遊び、恋愛し青春をするのだが俺は違った。


いやでもしかし、勘違いしないでくれ。別にボッチが良いとか一人の時間が好きとかそういうラノベの主人公っぽいことを言うつもりは無い。寧ろ逆である。


生きるのに交友は大切だし、恋愛もする。


ただ俺の場合はそれにストップがかかってしまう。欲を否定してしまう。故に最低限の学園生活を送っているのだ。


欲が発生しようとも、過去の経験、トラウマによってそれが叶わない人なんてこの世にはざらにいる。俺もその一人なだけであり、決して青春してる学生やパリピ共に非肯定的感情を持っているわけではない。


さて、話はそれたが軌道修正。俺は娯楽を求めて遊戯欲求に今現在支配されている。これは学生の求める親和欲求にも愉楽欲求にも勝る俺的三大欲求の一つだ。


俺はこれにならい土曜日、若者が大勢でワイワイと遊んでる中一人でゲームセンターのある筐体に没頭していた。


奥から高速で光るノーツが流れてくる。


ノーツが手前のラインに重なる瞬間、パネルのボタンをタップする。


流れる、タップ


流れる、タップ


矢印とともに左右の指定をされるとパネルの奥のレバーを操作して持っていく。タップ音とは違うスズの音が響く。


シャン


シャン


これを流れる音楽とノーツに合わせて繰り返していく。


perfectの文字がノーツの到達点であるライン状で連鎖する。


一曲約二分のこの間俺の集中力は最高点に到達し、何百回分の経験と記憶がノーツを先読みし腕を、体を動かす。


そして迎えた二回目のサビ部分。ここは曲で一番盛り上がるところであり、同時にこのゲームの最高難関を意味する。


流れる無数のノーツ。これはもう譜面を覚えるというかほぼ体に、感覚に任せてパネルをタップする。


指先の僅かなブレがコンボを左右するこの局面で俺は緊張を押し殺し曲を、リズムを、ノーツの音を聞く。


外部の音を完全に遮断できるほどに音量を上げたイヤホンからは直接脳内に、体に音をぶつけられる。


高速に動く指先。何が何でも言うことを聞かせる。


コンボは既に千を超えていた。


暑い、熱い。


無理やり動かす体。


曲は最高難関を突破して終わりへと近づき、最後のノーツ。


それを長押しし、流れるスライドとともにフィニッシュ。


同時に表示されるのは『FULL COMBO』の文字


俺はそれを見た瞬間イヤホンを取りパネルのあるテーブル部分に投げた。


「やっぱALL PERFECTは無理かぁ 」


俺はSSSと評価されたスコア画面を眺めながら呟いた。通称鳥三。


PERFECTの下にはGREATの文字。その横に十三と書かれている。

俺はこれをゼロにしたいのだ。音ゲーマーが求める完璧なFULL COMBO(以下FC)それがALL PERFECT(以下AP)。その方がコンボボーナスを生かしてスコアの伸びも格段と上がり、SSSにプラスがつく通称鳥プラという評価にすることが出来るのだ。


この筐体は有名ゲーム会社ZEGA《ゼガ》の出した最新音楽ゲーム『オトボウ』。

サービス開始から数ヶ月、パネルに表示された七つのボタンとスライドレバーを駆使してプレイするZEGA史上最高難易度を誇る音ゲーとして、ゲーマー達の熱を集めていた。


normal、heard、expert、master、四つの難易度があり自身に合った難易度を選択してプレイすることが出来る。

オリジナル楽曲も豊富でつい先日オリジナル楽曲だけのアルバムも発売された。

様々なメディアとのコラボ、アニソン多種収録で誰もが楽しめる音ゲーとして全国のゲーセンで随時起動している。


かく言う俺も稼働当時からプレイしているガチ勢であり、二ヶ月後開催する大会の店舗予選に参加できるよう日々腕を伸ばしていた。おそらくここのゲーセンではトップレベルのゴリラにまで成長しているはずである。


俺はこのゲームが何よりも好きだ。学校で部活もしないのに無駄に喋る時間よりも、休日に仲のいい友人と遊んだり、恋人と過ごす事よりも音ゲー。まじ神ゲー。

音ゲーも仲間を作って一緒にやると楽しいという意見も勿論あるだろう。グループ内で相手のプレイを見て技術を真似して上達する。そうすれば友達もできるし、プレイも出来て一石二鳥だと。だが俺はそこまで求めていなかった。

一人でもできるものを二人以上でする意味など分からん。というかたまに隣の筐体に座って「どうですか?」とか「上手いですね!どうしたら上達しますか?」なんて聞いてくる人いるがここで言っておこう。そんなもんは知らん!何も教える事は無いから!音ゲーはプレイしてなんぼじゃボケェ!!……これで無駄に話しかけてくる人が減る事を願います。


と無駄な事を考えていると制限時間が迫ってきていた。これを過ぎると曲が強制的に決まってしまうので急いで曲と難易度を設定してデッキ一覧から有利に進められるものを選ぶ。

ちなみにこのゲームはオリジナルのキャラクター達がいてプレイする事にパートナーキャラとの親密度が上がりステータスにも影響するシステムがある。俺は羽原はばらほたるという黒髪のおかっぱキャラをパートナーにしている。無表情で常に上から目線の言葉遣いをしているが、努力は惜しまなず常に高い理想を追いかけるなんとも憎めないキャラクターだ。親密度は既にマックスの二百である。


細かい設定画面が表示され、スピードを確認していざプレイ開始ここから二分間、俺の求める理想の結果を出せるように集中力を高める。そしてパネルに手を置き最初のノーツを打った———




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