世界の終わりは現実へ

一ツ柳八重

第1話 プロローグ

 ここはどこだろうか?

 沢山の人が来ているみたいだ。

 しわがれた声に、若い男性の声、女性にあと何人かの声が入り混じっている。


「何を言っている! それでもあの子の親なのか! 幸春! お前は何とも思わないのか!」


 あぁ、そうだった。今おじいちゃんが来てたんだ。


「いや、息子は可愛いとは思うけどさ、子育てなんてうまくいかなかったし、仕事ばっかりで疲れてるんだ。お父さんの言い分も分かるけど、養ってるのは私ですよ? 嫁も、息子も。お父さんだって昔散々言ってて、今わかったんですから感謝してよ」

「美奈。あなた母親なんでしょ? なのに何であんな言葉をかけたの」


 そうだ。僕は母親に「女の子が良かった。だから、私かお父さんの叔父の所に行ってもらえない?」って言われて、電話したんだった。

 そしたら、血相を変えておじいちゃん達が来たのが数日前の事。


「小学三年になったとたんに捨てるとは、親としての自覚はないのか! 幸春! それで、本当にいいのか?」

「いいも何も、私にはどうすることもできないよ。だって、お父さんの息子だよ? こんなの私にどうしようもない」

「親不孝め!」


 僕はどうなるのか、何となく伝わってきていた。

 女の子の方がよかった。この言葉は僕にとって大きな傷を負った。

 男らしくありたい、友達と遊びたい、いじめられたくない、何で僕だけって思ってた時に浴びせられた、一番大切な人から言われたからだ。


「もういい! 孫は最後まで春幸、きちんと育てな。高校卒業したら儂と、美奈さんの親と話して決めさせてもらう!」

「は? 今つれっててくれよ! 美奈の機嫌が悪くて夜もまともに食えないんだから! お父さんは研究者で、金もあるだろ!」

「儂は孫を捨てるなんてせん! お前の為に言ってるんだ! こんな子供じみたやつには任せてやれないが、今のところ虐待もない。起きてからじゃ遅いんじゃが、そうならないのなら、あの年ごろじゃ。親といたいだろう」


 そう聞こえてきた。

 まだ、僕はこの家に居れる。女の子じゃなくてもいていいんだ。

 そのお爺ちゃんの言葉がとてもうれしかった。

 数十分言い争った後に話が終わったみたいで、足音が近づいてき、部屋の前で止まった気配を感じた。そしてノックされ。


「はいるぞ?」

「うん」

 

 返事をすると、やさしい顔をしたおじいちゃんが入ってきて、僕を抱きしめた。

 優しい空気と、抱きしめる腕が振るえていて、これでもかってくらい力を込めて僕を包んでくれた。

 顔は見えないけど、一生懸命、何かを押し殺してるのが子供ながらに伝わってきていた。


「すまんな。儂がきちんと育てることができなくて、つらい思いをさせてしまった」


 一層力強く締めてくる。それに伴い、腕が痛く感じるがそれだけ、悔しい思いもしてるんじゃって。


「うん。僕大丈夫だよ。お父さんもお母さんも、本当は優しいんだ。今まで欲しいものも買ってくれたし、悪いことをしたら叱ってくれたんだよ? 先週も遊園地に行ってきたんだから」


 そう言って安心させようとしたのに、心がすごく痛かった。

 ドアのところにいるおばあちゃんは、口に手を当てて顔を背けた。

 僕、やっぱりお母さん、お父さんに愛されてなかったんだ。先週の遊園地はお別れの最後の思い出にしようとして。


「うう。ううう」


 そう感じると、勝手に涙が零れた。

 どんどん、後から後からあふれてきて、我慢しようとしても止められず、お爺ちゃんの肩に顔を埋めた。


「うわーん。僕。僕はいらない子なの? 男だから? 男らしくないから?」

「そうじゃない! そうじゃ無いんだ。高校を卒業するまでは儂たちが見に来る。もし虐待されたら、状況なんて関係ない。必ず助けてやる。それと、高校に入る時までに必ず完成させる。守るために」


 お祖母ちゃんも来て、後ろから抱いてくれた。

 それがとても暖かくて、嬉しかった。

 それから、僕は何時間も泣き続け、お爺ちゃんたちが帰った後、布団からは出なかった。


◇   ◇   ◇


 あれから六年が経ち、高校入る時にお爺ちゃんから一つの小包が届いた。

 そこには、お父さん宛ではなく、『鏡由紀様』と僕宛だった。

 大きさは、大体縦横30cmで高さが20cmあるか無いかの、ちょっと大きめの箱で、箱の側面に『未来と過去を繋ぐ企業・SECOND WORLD』という文字が入っている。


「これかな。昔お爺ちゃんが言ってた完成させるものって」


 部屋に行き、箱を開ける。

 中にはもう一回り小さい箱があり、企業秘密の為受取人以外は触れないでください。触れる際は、関係者同伴のもと、開封をしてください、と言う注意書きが浮いて見える。


「これ、すごくない?」


 現代の技術はそんなに発展してない。

 電話もスマホだし、最近やっとVRが流行りだしたレベルだ。

 その世の中なのに、これは開封と同時にハッキリと箱の周りを周ってる。全体を守るような、テレビで言う結界見たいな印象だ。

 境界線には虹のシャボン玉を見たような膜が張られているようにさえ見える。



「これどうなってるんだろ? 今度聞いてみようかな?」


 そして、僕が触れると無機質の女性の声が部屋に響く。


「鏡由紀、識別番号0001。アクセス確認。オールグリーン。登録情報照会。クリア。指紋による識別を開始。問題ナシ。続いて虹彩認証を開始します」


 薄い白い光が瞳に向かって伸びてきて、そのまま視界を白く染めた。


「うわ!」


 びっくりして、後ろに引いたけど、そんなのお構いなしに声が響く。


「虹彩認証クリア。最後に指静脈認証と声紋認証を行います。人差し指で触れたのち開錠と言ってください」


 恐る恐る近づき、言われたとおりにしてみる。

 箱の感覚はすべすべしてて、金属と言うよりは石に近く、かなり触り心地が良かった。それなのに、持ってくるときはすごく軽くて、中に何も入ってないんじゃないか? とまで思うほど。


「解錠」

 

 赤い光が、指を置いたところを通っていき、何回か赤い光が駆け巡った。


「確認完了。鏡由紀様。この度はエンド・ワールドの正式サービス申請ありがとうございます。この中に入っているのは、エンド・ワールド、略称EWへの転移ポータルです」


 その説明がされると、箱の真ん中が奥と手前に開いて中から、女性ものに感じる二重リングのブレスレットが出てきた。

 素材自体は銀に見えるけど、光沢や無機質の冷たい感じ、真ん中にはめ込まれてる赤い宝石によって、アクセサリーと言うにはほど遠い印象を僕に与えた。

 すると、ブレスレットから光が上がり、目の前にスクリーンを映し出していた。


「この、ブレスレットはEWへのアクセス端末です。EWに行く際は本品を形状にあわせ装着し、アクセスと言ってください。目の前に特殊空間が開かれますので、安心してお入りください。なお、お客様のは七耀鉱石のルビーがはめ込まれています。ゲーム世界では殺人も可能な世界であり、生身で入ることによる弊害として中でお亡くなりすると、そのまま死んでしまいますのでご注意ください。最後にお客様のは特殊なロックがかけられておりますし、七耀鉱石ですからくれぐれも人に向かって攻撃などしませんように。以上で説明を終わります。よきEWライフを」


 長い説明が終わり、モニターは出ているが構わずに、手に取った。

 重さも感じられず、かなり軽い。

 大きさは出すと直径15cmのリングがクロスしていて、それを止めるようにルビーがはまっていた。

 明らかに大きい訳だが、そこに手を通すと自動的に縮まり、ぴったり手首にはまった。

 少し腕を振ると、金属っぽい音を響かせるだけで落ちる心配もない。


「これ、普通に見たら女性用のブレスレットなんだけど」

 

 でも悪い気はしなかった。

 これは、もしかしたら僕にとってはかなりのアドバンテージをもたらすのかもしれないと、本能的に察したのだ。


「そういえば、外し方は?」


 説明になかったので、不安になり外そうと、抜くようにブレスレットを抑え引っ張った。

 すると呆気なく大きくなり抜けて、左手に収まった。


「すっごい技術だね」


 そう、それしか言葉が出なかった。

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