私の弟1
|十月十日(とつきとおか)というのは、なんてあっという間なんだろう。少しずつ膨らんでいったお母様のお腹は、気付けばはち切れそうなほどパンパンに膨らんでいた。
前世で妊婦さんを見たことはあるけど、こんなに身近で過ごすのは初めてで。人のお腹の皮ってあんなに伸びて破れないのかしら、なんて間抜けなことを考えてしまう。女性の体って不思議だわね。あ、私も女だけど。
妊娠中は、お母様が少し転びそうになっただけでハラハラしてしまうし、重いものを持っている姿なんて冷や汗をかいてしまう。ここ最近は何だか精神がすり減っている気がするけど、それは屋敷のみんなも同じだろう。
でも、誰もそれが疲れるなんて思わない。みんな赤ちゃんの誕生が楽しみで仕方ないのだ。
私も毎日お腹を触らせてもらって、そっと手をあてて話しかけたりもした。そうすると、ぐっと中から押し返されるような反応が不思議で。この上なく愛しいと思った。
私が寂しく思わないよう、両親は私が赤ちゃんの頃の話をたくさん聞かせてくれた。たくさん抱きしめて、たくさん愛の言葉をくれた。
私は姉になる経験は初めてではないし、今さら両親に依存する精神年齢でもないため、嫉妬という文字は浮かんでこないけど。それでも、両親からの愛情はくすぐったいほど心地よかった。
そんな満たされた毎日の中、いつものように家族で朝食をとっていると、お母様が「あ、破水したみたい」という呑気な声を出した。
もちろんそこからは全員大慌て。お母様は二人目の余裕なのか、まだかかりそうだから大丈夫よーなんて笑っていたけど、すぐ「うーん、やっぱり出そうかも」なんて言うから、お父様が慌てすぎて部屋の中をウロウロしていた。
この世界では産婦人科という施設がないのか、ここまま屋敷の中で出産となる。メイド長であるモナリザババァ……じゃなかった、モナリスが産婆として立ち会うようで、私とお父様は廊下で待つのみだった。
ていうか、お父様ウロウロしすぎでしょ。じっとしていられないのは分かるけど、二人目の余裕を感じるお母様に比べ、お父様は余裕の欠片も感じられない。
出産した経験のある職場の先輩が「陣痛が来たら、男は役に立たん!」なんて豪語していたけど……あながち間違っていないのかもしれない。産んだことないから分からないけど。
それでも、そのあと「でも、好きな人の子供を産めるって、とっても幸せよ」と笑っていたのが印象的だった。
待っている間、お母様の苦しそうな声が漏れ聞こえて、それはもうハラハラした。てか、こんな声聞いたら怖くて産めない!めっちゃ痛そうじゃん!やっぱり、鼻からスイカ出す感じなのかな……こわ。
出産の痛みを想像して震えていると、思ったより早くそれは終わった。
ほにゃぁ!ふみやぁ!私にはそう聞こえた。思わず立ち上がると同時に、お父様も勢いよくこちらを向いた。
しばらく泣き声が聞こえ、そして静まる。カチャリとドアが開いて出てきたのはモナリスで、何かを柔らかいタオルにくるんで抱えている。
もちろん、それが何かはすぐに分かったし、お父様と二人で駆け寄ると、モナリスはそっと腰を低くした。
「おめでとうございます、旦那様。元気な男の子でございます」
そう言って、赤ちゃんをお父様に渡す。
「そうか、男か!」
お父様は潤んだ瞳で赤ちゃんの顔を覗きこんだ。そして、私にも見えるようにしゃがんでくれたので、私も赤ちゃんを覗きこむ。
猿だ。猿がいる。顔は真っ赤でしわくちゃ、髪はほとんどなくて頭に張りついている。なんか口をモゴモゴしてフガフガして……猿だ。
けど、このくしゃくしゃの赤ちゃんが、とてつもなく可愛い。なんて愛しいんだろう。私の小さな母性が芽生えるのをハッキリと感じた。
ソウシとは2つ違いだったため、生まれた時のことは覚えてない。けど、こんな感じだったんだろうか。
「可愛い」
思わず漏れた声に、お父様とモナリスは優しく微笑んだ。
マナリエルにとって初めての弟。
私にとっては、二人目の弟。
「お姉ちゃんだよ、これからよろしくね」
私はそっと、小さな手に触れた。少し湿った手は、予想以上の力で握り返してきた。
命の尊さに涙がこぼれそうな瞬間だった。
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