私の弟2



 可愛い。とにかくすこぶる可愛い。泣いても可愛い笑ったら昇天、寝顔は天使かな?ってくらいの愛くるしさ。


「はぁん、悶える」

「きめーよ」


 切なげなため息を一蹴する男は、こいつしかいない。


「なによ、元弟。妬いてんの?」

「そんな風に見えるなら医者呼んでやるよ」


 3年前に生まれたアルバートマイスイートエンジェルは、今は目の前でブロックに夢中だ。スマホがあれば連写するのに。とりあえず眼球に力を入れて録画する。この目に焼き付けなきゃ。


「相変わらずの溺愛っぷりだね」


 ロイが紅茶の入ったカップに口をつけながら微笑んだ。

 あったりまえよ!見てよあの天使を!ふわふわの髪、ふっくらしたお餅のような頬、ぷっくりと膨らんで少し濡れた唇、そしてあのこぼれ落ちそうな大きな瞳!あぁ、至福。


「アルをおかずにご飯3杯はいけるわ」

「乙女が真顔で言うことじゃねーよ」


 思わず漏れる愛の囁きに、ソウシはいちいち突っ込んでくる。何、もしかして本当に妬いてるのかしら?


「大丈夫、ソウシも愛してるわよ」


 冗談半分でそう伝えると、ソウシはふんとそっぽを向いた。半分は冗談だけど、半分は本気なのになー。まぁ、お前からの愛なんかいらねーよ!なんて言わないあたり、可愛いんだけど。


ねぇたまー!」


 アルバートマイスイートエンジェルが遊びの途中で私に手を振る。あぁ!!なんっっっっって可愛いのかしら!!食べちゃいたい!もはや丸飲み!傷一つ残さず飲み込みたい!でもダメなの。自分の愛情が変態的であることは一応自覚している。アルに変態姉なんて思われてはいけないよね!

 博識ある上品な姉と慕われるためにも、努めて冷静を装い、淑やかな笑顔で手を振り返した。


「鼻血出てんぞ」


「おっと」


 ロイがティッシュで押さえてくれる。13歳となったロイは、幼さが少し減って一段と美しい少年に成長している。まぁ頻繁に会っているから実感はないんだけど。そんなキラッキラの王子様に鼻血の処理をされても羞恥心を感じないのは、もはやこの光景が日常となりつつあるからだよね。ロイに上を向かせられ、大人しくされるがままになっている。


 そう、ロイとソウシは初めて会った日から、よくうちに来るようになった。さすがに王妃であるフラウディア様は来られないけど、ものすごく恨めしそうに二人を見送っているみたい。

 この世界は幼稚園とか小学校という制度がなく、貴族の子供は家庭教師を雇って勉強をしている。もちろん私にも家庭教師はいるけど、彼のことは思い出したくないからまた今度。


「まぁ、確かにマナが溺愛するのは分かるけどな。確かにアルはくそ可愛い」


 ソウシがアルを見ながら当たり前のことを言った。可愛いのは完全に同意するけど、マイスイートエンジェルにくそなんて言うんじゃないよ、この──「マナリエル、このくそがって顔してるよ」「ナンデワカッタ」──ロイにバレた。

 ソウシは気付くことなく、まだアルを見ている。


「マナの弟ってことはさ、俺の弟でもあるってことだよな!」


 そう言って破顔するソウシ。


「確かに」


 今は住む場所も親も立場も容姿も違うけど、私にとってソウシが弟であることは変わらない。そしてその発言からして、ソウシも同じように思ってくれているんだと思うと、やっぱり素直に嬉しかった。


「あ、ちょっと待って。ソウシは私の弟でアルの兄でもあるってことは──ソウシの兄であるロイは、私のお兄様ってことか」


「僕は君の婚約者だから、違うよね」


 間髪入れずに訂正が入る。何よ、形だけの婚約じゃん。この婚約が愛のないものであることは分かってるんだから。どうせ、ロイは他の候補者との婚約を避けるために私を利用してるんでしょ。


「何か言いたそうだね?」


「ううん、分かってるから大丈夫」


 ロイが問い詰めてきそうだったけど、面倒な話は避けたいから手で制しておく。


「言っておくけど、僕はマナリエルを利用しようなんて思ってないから」


「はいはーい」


「本当に分かってる?もう、顔が汚れてるよ」


 ため息をついたロイは、お菓子を食べて汚れた私の顔を拭いた。

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